創作落語「虹屋」

〈あらすじ〉
宝くじを当ててお金が有り余っているので働くこともせず家でダラダラしている父親に息子が「学校で『お父さんのお仕事』っていう作文の課題が出たからお父さんのお仕事について知りたい」と言ってきた。
お金には困っていないものの、父親が無職というのも子どもとしてはバツが悪かろうということで、雨上がりの空に虹をかける仕事をしていると嘘をつくことにした父親。
その場の思い付きでありもしない虹屋の話を息子に聞かせる父親だが…

〈登場人物〉
父親、息子、酒屋

〈本編〉
父親「あーあ、もうこんな時間か。寝過ぎたかなぁ…ま、別に急ぎの用事もないけどさ。おーい…あれ?おーい!…なんだ、母ちゃん仕事か。全く、宝くじで10億円当てて、馬鹿みたいに贅沢しなけりゃ働かなくても生きていけるっていうのに『勤労は国民の義務ですから!働かないと人間ダメになる!』なんて言ってさ。立派なもんだよ。さてと、妻がパートに出かけている間に酒飲みながらダラダラ過ごして、あいつの言う通りダメ人間になりますかね。(リモコンでテレビをつける)お、天気予報だ。なんだよ、今日は一日雨か。どうりで体が重いと思ったら。あー、やだやだ。

息子「おとうさん!」

父親「うわっ!なんだ、ケン坊!お前、いたのか。学校はどうしたんだ?」

息子「今日は創立記念日でお休みなんだ」

父親「へぇ、そうかそうか。じゃ、お外で元気に遊んできなさい」

息子「いやだ、雨降ってるもん」

父親「あ、そうか。じゃあ、ゲームでもしたらいいだろ」

息子「えー、飽きたよ」

父親「飽きたってお前、贅沢言って」

息子「それにね、遊んでもいられないんだ」

父親「なんで」

息子「学校で宿題が出たんだよ。『お父さんのお仕事』っていう作文なんだけど」

父親「『お父さんのお仕事』」

息子「うん。だからお父さんのお仕事のこと教えて」

父親「そっか。参ったな、金には困ってないけど、お父さんが仕事をしてないなんて書いたら学校でいじめに遭うかもしれない。なんか適当な嘘でもあればいいんだけど・・・あ、そうだ!なぁケン坊。外は今雨が降ってるな?で、雨があがるとどうなる?」

息子「うれしい」

父親「う、うん、だな?うれしいはうれしいな。なんだ、ケン坊の気持ちじゃなくてさ、雨があがるとお空に出てくるものがあるだろ」

息子「うーん、鳥?」

父親「そうだな、鳥は雨が降ってると空飛んでないもんな。でも鳥じゃないんだ」

息子「鳩?」

父親「ケン坊、鳩は鳥だろ?鳥が違うってことは当然鳩も違うんだよ、わかるか?」

息子「すずめ?」

父親「ケン坊、すずめも鳥なんだよ。鳩が違うのは鳥が違うからって言ったろ?だからすずめも違うぞ」

息子「わかった!鳥!」

父親「話聞いてるのか、お前は。もういいや、あのな、雨があがると虹がかかるだろ、知ってるか?七色のアーチが空にどーんと現れるんだ」

息子「しってるよ!」

父親「父ちゃんはな、その虹を作ってる虹屋なんだ」

息子「虹屋?聞いたことないや!そんな仕事があるの?」

父親「そうだ、とっても大変なお仕事なんだぞ?」

息子「大変なの?でも、雨の日しか仕事ないんじゃない?」

父親「まったく、ケン坊はこの世のことがまるで分かってないな。雨上がりにきれいな虹をかけるためにはな、日々訓練をしなくじゃならない。適当な仕事だと色が混ざって真っ黒になっちゃうからな。空に真っ黒な虹がかかったら町中が「悪魔が町にやってきた!」って大騒ぎになっちゃうだろ」

息子「ふーん。で、虹屋ってどんなことをするの?」

父親「それは、あれだよ・・・うーん」

息子「お父さん?」

父親「いや、ちょっとまて、もうすぐ思い出せそうなんだ」

息子「今考えてない?」

父親「馬鹿言うな!そんなわけあるか!父ちゃんはこの道20年だぞ?」

息子「この道20年なのに仕事のこと忘れちゃうの?」

父親「それはお前、ほら、あれだよ。あまりに当たり前になりすぎて逆に忘れちゃうってことがあるんだよ」

息子「へぇ。お父さんって朝からお酒を飲んでぐうたらしてるわけじゃないんだね」

父親「おい。自分の父親にすいぶんなことを言ってくれるじゃねぇか」

息子「だって、お母さんがそう言ってたもん」

父親「あいつ・・・あ、そうだそうだ!お前、今父ちゃんが飲んでるこれがお酒だと思ってんだな?」

息子「違うの?」

父親「これはな、「虹のもと」なんだよ」

息子「虹のもと?化学調味料みたいな名前だね」

父親「余計な事言わなくていいんだよ。これはな、虹を染めるための染料なんだ。ほら、台所にも同じようなビンがいっぱいあるだろ?あれは全部色が違うんだよ。で、虹の色がおかしくならないようにこうして定期的に飲んで品質チェックをしてんだ」

息子「そうなんだ、すごいや!僕もチェックする!」

父親「それはだめだ!法律で決まってるんだよ、染料の品質チェックは二十歳になってからって。お前に飲ませたら父ちゃんが怒られちまう」

息子「なぁんだ、つまんないの」

酒屋「すいませーん」

父親「お、きたきた。はーい。ちょっとお客さん来たから行くぞ」

息子「いつもの酒屋さんでしょ?」

父親「・・・ん?うん・・・まぁ」

息子「やっぱお酒なんじゃないの?」

父親「いや、あの酒屋さんはな、お酒も売ってるんだけど、こっそり虹の染料も扱ってるんだよ。とにかく行ってくるから」

酒屋「いつもお世話になってます!今日はね、新潟のいいお酒が・・・」

父親「あー、良い良い!そんな言わなくて。オレが見るから」

酒屋「どうしたんです、旦那。いつも私の説明聞くの楽しみにしてくれてるじゃないですか?」

父親「いや、ちょっと訳があってな。ほら(後ろを指さす)」

酒屋「あれは、ケン坊ですか?」

父親「そうなんだ、今日は学校が創立記念日らしくて家にいるんだよ」

酒屋「ずいぶん鋭いまなざしでこっち見てますよ?張り込み中の刑事みたいだ」

父親「いや実はかくかくじかじかで・・・ってわけよ」

酒屋「なんですか、その話!旦那も変な事考えますね?」

父親「しょうがないだろ、ほかに思いつかなかったんだから。とにかく、悪いけど合わせてくれないか?」

酒屋「わかりましたよ・・・(わざとらしく大声で)えーっと、これが赤で、これが黄色、これが青になりますね!」

父親「(わざとらしく大声で)そうかそうか!いやーいつも悪いね。おたくの染料は質がいいからな!これからも頼むよ!はいこれ、お代」

酒屋「ありがとうございます!今日は雨ですからね、お仕事もうすぐじゃないですか。がんばってください!それじゃ」

父親「おーう、ありがとうね!・・・いやー、良い染料が入ったなぁ」

息子「へぇ、酒屋さん、本当に虹のもとも売ってるんだね」

父親「言ったろ?この虹のもとをな、雨のうちに何種類か地面に塗っておくんだよ。で、雨が上がると気温もあがって地面に塗った虹のもとが蒸発して上に上がっていくんだな。するとある地点まで上がったら重力で今度は下に下がっていくんだ。それでみんな知ってるあの「虹」が出来上がるって寸法だよ」

息子「ん?そしたら虹は縦に棒みたいになるんじゃない?」

父親「変なとこだけ頭が回るやつだな。それはあれだ、えーと・・・風だ!プロの虹屋ってのはな、風向きも考えて虹のもとをセットするんだよ。雨が上がって虹のもとがあがって下がる間に風が横に染料を流すからアーチ状になるんだよ」

息子「そっかそっか、大変なんだね」

父親「そうだ。わかったろ?さ、父ちゃんの仕事の話はこんなもんだ。もう作文かけるだろ」

息子「うん!お父さんありがとう!えーっと、「僕のお父さんは虹屋をしています。虹屋は雨上がりに空に虹を出す仕事です」・・・と」

父親「うんうん、順調だな。あー、それにしてもなんとかごまかせたな。よかったよかった。でもあまりに空想の仕事すぎて逆にいじめられちまうかもしれないな・・・ま、そのときはそのときか。(身震いさせて)・・・っと、酒を飲むとしょんべんが近くなるな。トイレ行こう」

息子「(作文を書いている)・・・お父さん行ったな。へへへー、お父さんはああいったけど、作文を書くためには自分も体験したほうがいいからね。こっそり虹のもと飲んじゃうんだ。どれどれ、(ビンから指につけてなめる)うわ!なんだこれ、変な味!においもくさいし・・・こんなの飲まなきゃいけないんだ、大変な仕事だな。どれどれ、こっちは確か酒屋さんが黄色のもとって言ってたな。(ビンから指につけてなめる)うわ!こっちも変な味だ!これが青か(ビンから指につけてなめる)うわ!これもだ・・・変な味だからか、なんだかフワフワしてきた」

父親「おい!ケン坊!お前、それ飲んだのか!なにやってんだ」

息子「あ、お父さん。だって、お父さんの仕事もっとよく知りたかったから」

父親「っつってもお前、さっき言ったろ?子供は飲んじゃダメなんだよ」

息子「でもお父さん、これダメだよ」

父親「なにが?」

息子「いろんな虹のもと飲んだけど、どれ飲んでも顔が赤くなるんだ」

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