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忘れちゃってもいいよ



忙しくなって、また友達ともたくさん会うようになったら、忘れちゃってもいいよ。

画面越しの彼はすこし不安そうにそう言った。


もちろん彼のことは忘れるわけがない。
というのも、そもそも彼は忘れられるのは似合わない。
あのカラフルなシャツ、変な趣味、カレーは2回もお代わりするし、私の家の鏡は割るし、低賃金で働かせるし、たくさんの置き土産を残していくし。
少しは立場をわきまえてから「忘れてもいい」など言って欲しいものだ。
それとも忘れるわけがない前提のユーモアか?

最も、彼を忘れるわけがない理由は他にもあって、
その大部分を彼に対する私の恋心が占めるわけだが、正直に「彼のことが好きで好きでたまらないのに忘れるわけないだろ!」と言うのは、小っ恥ずかしいし負けた気になるのでよしておこう。 


それにしても、自分のことを忘れちゃってもいいなどと人に言うのは寂しいことだ。
誰かのことを忘れてもその人が自分に与えた影響までは消せないわけで、確かに完全になかったことにはならないだろう。
それでも私は彼の声、笑った顔、髪、言葉、匂い、あの目をずっと覚えていたい。
そっくりそのまま覚えてられなくても彼自身を覚えていたい。
欲を言えば彼にも私のことを忘れないで欲しい。


しかし「おい、私を忘れるなよ!絶対に!」と言って丸投げするのもかわいそうなので、私のことで頭がいっぱいになるくらいに嫌がらせをしようと思う。
気持ちの悪い手紙を送ったり、少し長めの休みがあれば彼を観察しに行ったり、夜な夜な電話でゾッとするようなセリフを言ったり。
嫌がらせとも、ストーキング活動とも言えるかもしれないが、できれば通報はしないでいただきたい。
彼がいつか、私に忘れてもらいたいと心から懇願するようになるまではこのストーキングは続けるつもりである。
私なりの愛だ。
彼は、そんな汚いものいらん、というかもしれないが諦めていただこう。だって我々は運命のどす黒い糸ででむすばれているのだから。



あなえより、愛しいうじうじ虫と小津愛好家へ


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