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『異教徒』作品構成

クズネツォフ‐トゥリャーニン氏が国後島を舞台にして書いた長編小説『異教徒』(Язычник:2006年出版)は全2部6章 381ページより構成される。作者の実体験を元に、1980-90年代の国後島の日常的漁村生活をモチーフにして再構築されたことから、作家自身がこの作品は「民俗(学的)小説」"этнографический роман" であると記載している。それぞれの章に小題が付けられ、全体を一貫して共通する登場人物たちが描かれるが、章によって中心となる人物が異なる。

第一部

『火』(Огонь)

夏の台風の後、孤独なターニャとベッソーノフ夫婦が住む木造建築が燃えた。元娼婦のターニャは詩を愛し、仕事で訪れた国後島に惹かれて住むようになった。1945年から島に住むマニおばあさんの孫のヴィーチャは25歳の漁師だが、10歳年上のターニャと恋に落ちる。

『土』(Земля)

元歴史科教師で主人公のベッソーノフの生い立ち、歴史観について。島をクナシリと名付けたのは古代アイヌ民族で、黒い大地、灰の降りかかった大地という意味だ。アイヌ人の前には別の民族、コロポックルがいた。後から来たアイヌ人が、コロポックルを皆殺しにした。そして日本人とアイヌ人は400年間戦い、アイヌ人が駆逐された。その後、ロシア人が日本人を追い出したが…そのロシア人たちも常に追放と隣り合わせである。

『水と風』(Вода и воздух)◆

大量の魚を殺す漁で、人間は生と死の境界を見分けられなくなり、機械のように残酷になる。尊い魚の命と引き換えに渡された酒を飲んだ漁師たちは、誤ってターニャを殺してしまった。

第二部

『財産』(Деньги)

為替の影響を受けて大赤字を出した船長ゾヤートコが、船からの夜逃げを試み、危うく夜の海の波に飲まれそうになる。

『蜃気楼』(Миражи)

前半では、真面目な文官のサン・サーヌイチと、エンジニアの職を捨てた自由な旅ガラス・スヴェジェンツェフの姿が対照的に描かれる。後半では、日本の役人の政治的な思惑の元で開催される「ビザなし交流」で島を訪れる日本人たちの様子を描く。

『権力』(Власть)

一族で巨大な富を築き上げ、島最大の有力者となったアーノルドの人となりが語られる。しかし章の最後では巨大な地震が彼を襲い、妻子の名を呼んで慌てふためく。

『脱出』(Исход)

この章のロシア語原題 «Исход» とは、旧約聖書出エジプト記において、イスラエル人の脱出を指す語である。漁師達は地震の災害補償を受け取り、その使い道に楽しい妄想を膨らませるが、それは「蜃気楼」に過ぎなかった。その後の余震によって漁師ら自身が命を落とし、漁師スヴェジェンツェフの脳死を通して「生と死の境界」に関する疑問が投げかけられる。大地震の混乱に紛れて「権力」が住民の「財産」を横領し、島民たちは住み慣れた土地を追い出される。

◆本作品が2003~2004年に雑誌に掲載された時は、『水と風』章は『水』章と書かれていた。本記事では2006年にテラ社で出版された本を参考にした。

『異教徒』(Язычник)とはロシアに正教が伝わる前に土着の宗教を信じていた人たちを指す語である。これについてはトゥリャーニン氏がインタビューで説明しているので、別記事に書く。


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