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ハッピーボックス

 ボクはテディベア。ふわふわのモヘアに、赤色のサテンリボンをつけたクマ。
 親友はブリキのロボットくん。かくかくしたボディに、緑と青のガラスの目をしたロボットくん。クリスマス商品として作られて、頭にちょこんと乗ったパーティーハットが可愛らしい。電池を入れたら胸の電光パネルが起動するクールな仕掛けだ。話しかけたり、頭を撫でたりすると「GOOD」や「HUNGRY」、時には「BAD」の文字が表れて、自分の気持ちを伝えてくる。無口なように見えて案外おしゃべりさんだ。
 ボクたちはオモチャ屋のおじさんに作られて、ずっと同じ店で過ごしてきた幼馴染み。昭和に建てられたオモチャ屋はあちこちが古くて、すきま風は吹きすさぶし、ときおり雨漏りもする。ボクたちがケガをすることもあるけど、そのたびにおじさんは治療をして、大切に手入れをしてくれた。
 つやつやのコマ。ぴかぴかのミニカー。ひらひらドレスの着せ替え人形。木製のドールハウス。巨大な恐竜のぬいぐるみ。いろいろな種類のオモチャが、スチール棚にずらっと並んでいる。色も形も関係ないごちゃまぜの席だったから、テディベアのボクと親友のロボットくんは隣同士だった。
 キミとはじめての出会いは忘れない。
 かちこちのブリキの体。左と右で違うガラスの目。とんがりパーティーハット。ボクと同じところはひとつもなく、最高にかっこいい。はじめて目にしたオモチャに心が高鳴った。
「こ、こんにちは」
 話しかけたのはボクの方からだ。おずおずとした声に、ロボットくんの胸のパネルがぱっと点灯して「HELLO」という文字が表れた。その光の温かみは今でも胸の内に残っている。おじさんや、ときどき訪れたお客さんに隠れて、ボクたちはよくおしゃべりをした。今日はいい天気だね。あの野良ネコには要注意だよ。お客さんにガムを引っつけられて困ったよ。他愛もない話をしながら、毎日笑い合っていた。
 それはもう長い長い年月を。
 はじまりは小さな違和感からだった。ロボットくんの返事がちょっぴり遅かった。気のせいだとやり過ごしていたけれど、次に待ち構えていたのは、パネルに走るひび割れのようなノイズだった。じりじり、じりじり。回路がいやな音を立てて、不吉な予感が忍び寄ってくる。
 おじさんに伝えたかったけど、最近は姿を見ていない。オモチャ屋のシャッターは締め切っていて、今日の天気さえわからない。毎日オモチャ棚の掃除をしてくれていたおばさんは、三日に一回、一ヶ月に一回になって、ついには来なくなった。
 ロボットくん。
 話しかけたいけど、もし返事がなかったら。ボクはそれが一番怖い。夜な夜な騒いでいた仲間たちもほとんどしゃべらなくなって、オモチャ屋は重たい空気に包まれている。ボクはほつれかけている腕をかかえて眠りについた。
 ガラガラガラ。
 久しぶりに大きな音がした。シャッターを開け放った懐かしい音に、ボクらは目を覚した。ふわりと舞ったホコリが陽の光を透かしている。
「さあ、どうぞどうぞ」
 低い声。シャッターに手をかけている人間は見たことがある。おじさんの息子だ。息子が手招きした先から、子供たちが一斉に入ってくる。次から次へと走ってくる子供たちは、はしゃぎながらオモチャ屋の中に広がった。
「あたしこれがいい!」
「へへっ、ゲット〜!」
「これは俺のだ!」
 わけがわからないまま、仲間たちがどんどん子供の手に渡っていく。
「はいはい。何個でも持っていっていいけど、ケンカしないようにね」
 出入り口に立っている息子が呼びかける。子供たちの「はーい!」という声に、耳がキーンとした。
 いったいなにが起きているのか。出入り口に立つ息子に、何人かの大人が集まっている。
「本当にありがとうございます」
「オモチャを無料でいただけるなんてねぇ」
「太っ腹ですな」
「いえいえ。子供たちに喜んでもらえるなら、良かったですよ。この店も、いい加減どうにかしなくちゃいけなかったんで」
「お店がなくなるのは寂しいですけどねぇ」
「これも、時代の流れってやつですか」
 やけに薄っぺらい口調でつむがれた言葉。時代の流れ。そんなもので、ボクたちの家がなくなってしまうの?
「私、この子がいいな」
 横から伸びてきた手に捕まった。持ち上がる体。ロボットくんとの距離があっという間に離れていく。
 ロボットくん!
 そう声を上げたかった。でも、返事がなかったら。なにも反応がなかったら、そこで終わりじゃないか。今ならまだ、楽しくおしゃべりをした思い出だけを持っていられる。
 子供に抱かれた腕の中で力なく、言葉を飲み込んだ。さよならだね。キミと出会えて、ボクは幸せだったよ。
 ぱっ、と光が差した。
 頭をもたげてみれば、ホコリが積もった胸のパネルに明かりが灯っている。揺れたホコリがきらりと光って雪のようだ。クリスマス、イルミネーション。キミがはじめてお店にやったきた時もこうやって、雪が降っていた。
 ロボットくんのパネルにひび割れたノイズが走る。ボクは息をするのも忘れて見入っていた。
「HAPPY」
 さんざん悩んだすえにパネルに表示された文字。はじめての言葉。痛いほどの切なさと泣きそうなほどの愛しさが、同時に湧き上がってくる。
 ロボットくんが遠ざかっていく。取れかけた腕では手を振ることもできないけど。これでちゃんと、さよならができるね。
 また今度。


「っていう、物語があったんだよ!」
「なんだそりゃ」
 お前は昔から夢見がちなところがあったからな。
 ダンボールを解体しながら修司が一蹴する。頬を膨らませると、ガキみたいだとすかさず笑われた。べつに夢見がちでも、子供っぽくても、いいじゃないか。結婚してくださいとプロポーズしてきたのはそっちなんだから。
 修司とは小・中・高校と一緒だった幼馴染みだ。幼いころからの仲なので遠慮はなく、気心も知れてるから楽でいい。新居に引っ越してきた私たちは荷解きを行っていた。雑談を交えながらも効率良くダンボールの山を減らしていく。
 何気なくガムテープをはがし、ダンボールからひょっこり顔を覗かせたのがロボットだ。私はあっと驚いて、慌てて自分の荷物からテディベアを引っ張り出してきた。
「あのオモチャ屋にお前もいたんだな。気がつかなかったわ」
「私は初日に行ったけど、修司は二日目じゃない?」
「あー、そうかも」
 熱く語る私に修司はそっけない。こちらも見ずに、もくもくと洋服を収納している。
「このロボットの隣にいたのが、私のテディベアなんだよ? 運命感じない?」
「運命って……恥ずかしくないのかよ」
「ぜんぜん?」
「あーもー、休憩な、休憩」
 頭をかきながら修司は立ち上がった。スマートフォンとエコバッグをつかんで「昼メシ買ってくる」と言い、ダンボールを乗り越えて出て行った。後ろ姿、耳が赤い。かわいいなあと一人でニヤニヤしてしまう。
 ペンケース。置き時計。レターケース。文庫本。そんな物が積められた中に、梱包材に包まれたロボットはいた。よく見ればキズが入っていたり、塗装が一部剥がれてしまっているけど、十数年が経過しているわりにはきれいな状態だと思う。大切にしているのがよくわかる。サビひとつないボディを、そっと撫でた。
 あのオモチャ屋は、私にとって宝箱だった。オモチャたちは箱からあふれた宝物。かわいい物が大好きだったけど、厳しい両親がなかなか買ってくれなかった幼少期。図書室で借りた外国文学に載っていた、聞いたこともないお菓子やジュース、色とりどりの宝石、リボンやフリルがたくさんついた服、ふわふわのテディベアに憧れていた。
 お店のシャッターを開けてオモチャたちに迎え入れられた時。まるで、おとぎの国の主人公になったみたいだった。オモチャは一個までと親に言われていたので、選びに選んだテディベア。その隣にいたロボットのこともしっかり覚えている。
 あの時、胸のパネルが光っていたように思う。梱包材をはがして背中にあったスイッチを押してみたけど、うんともすんともいわなかった。ただの電光板に見えるけど、もしかしたらソーラーパネルも兼ねているのかもしれない。作業に使っていたカッターやハサミを退けると、日当たりのいいタンスの上にロボットを、それからテディベアも並べて置いた。
 ピンポーン。
 玄関のベルが鳴った。修司が帰ってきたんだろう。引っ越しで冷蔵庫の中はからっぽだから、ひとまず簡単に調理できるものを買おうと今朝話していた。照れ隠しに両手が塞がるほど買ってきたのかもしれない。
「はーい」
 玄関に向かって返事をして立ち上がった。木漏れ日にいるテディベアとロボットは、導かれたように寄り添っている。この二人の物語はめでたしめでたしで終わったけど、私たちの物語はこれからスタート。幸先は良く、そこらじゅうがキラキラして見える。迎え入れるのは世界で一番愛しい人。
 今日からこの家が、幸せが詰まった私の宝箱だ。

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