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ラブレター燃やす

隣の席の男子が何かを隠して、それを早稲田の赤本に挟み込んだ。私は体育を貧血と言ってサボり、赤本を開いた。

「最近、目がよく合いますね。その度にどきどきしています。この間クラス会でしゃぶしゃぶに行って、僕の隣に来たときは心臓が止まるかと思いました。うれしかったです。好きです」

ちなみに私はそのクラス会に呼ばれていない。相手の名前を出せ。せめて君とか二人称で文章を作れ。私はそのラブレターをビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。
さすがに罪悪感が押し寄せる。なんとなく、私も手紙を書いてみた。

「あの、あなたは誰ですか? ついでにわたしも誰ですか? 教えてください」

ざまあみろ。ここにある青春なんか私が火にくべてやる。痰を手紙に吐きつけたい衝動を押さえて、早稲田の赤本に挿した。
体育の時間が終わると、隣の席の男子・蟻村字見はなんだかそわそわした様子で教室に入った。きょろきょろして、誰かの方をずっと見ている。視線の先には桜井深月がいた。ちゃきちゃきして、華やかではないけれど確実に美人で、いつも誰かのボケをちゃんと突っ込んでくれる上玉だ。
字見は普段となんの変哲もない深月の様子を見て、なんとなくがっかりしたような、待ちぼうけたような様子だった。ってこれは私の主観が強いか。
適当に授業を受けて、掃除時間。めちゃめちゃ掃除を頑張る私に対して字見は赤本をひとつひとつ開いていた。その姿を私は見逃すわけはなく、嘲笑いを堪えるのに必死だ。早稲田の赤本を開き、字見の瞳孔が開いた。手紙を抜き取る動作は一瞬だったが、その姿を私が見逃すわけはなく、したり顔を隠すことに必死だ。

翌日。移動教室の授業だが華麗にサボっていく。早稲田の赤本を開く。手紙がそこにあった。私はひとたびニヤつくと、一気に開封した。

「君の視線に気づかない訳がない 僕が好きなんでしょ」

動揺したあまり騙そうとして、大きく動揺してしまったようだ。まさか知られていたとは。うまく隠して生きてきたつもりだったのに。
その時背後で何かが落ちる音がした。振り返ってみると人影があった。全力で追いかけた。上履きの音がバチバチと階段で反響する。角を曲がると深月がいた。何が起こっているのか。

「久芳さんさあ」
「……なんですか」
「蟻村くんのこと好きでしょ」
「………………さあ?」
「なによそれ」

なによそれ、と言われたけどどうしてそんなこと言われなきゃいけないのか。なんとなく思うけど、この人全部知ってるんだろうな。

「私さ」
「…………はい」
「バンギャなんだよね」
「……………………え?」
「だから、さあ。興味ないんだよ。クラスの男子なんてものは。普通に生きてて、好意持たれても。断るしかないんだよね」
「……へ、へえ」
「久芳さんのパスケース、水玉柄だよね」
「あ。あれはアーバンギャ……え?! もしかして」
「紫推しです」
「はあ~~~……」
「へへ。負けないから」

そう言って深月は去って行った。魂を抜かれた私は、字見の反応を伺うことをすっかり忘れてしまった。気がつけばHRだったので、隣を盗み見る。字見はこっそりスマホを操作していた。画面にはアーバンギャルドのサイトが映っていた。
おいおいおいおい。ライブ行く気か? 私はちなみに赤推しだ。
ライブか。そういえば、ライブは絶対一人で謳歌したい質だ。その真理に辿り着いてから、私は字見を見ることはなくなった。