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レポート:ゲストウェビナー#1「ニューヨーク市の公園政策」

   パークコンテンツ研究会では、5/20(水)に今年度1回目となるゲストウェビナーを開催した。1回目は、ニューヨーク市(以下、NY市)の公園局、都市計画&GISスペシャリストの島田智里氏にNY市の公園政策についてレクチャーをいただき、ディスカッションを行なった。ウェビナー形式により、300人以上の参加者とともにNY市にいらっしゃる島田氏のお話を聞ける大変貴重な機会となった。
   当日のレクチャーと質疑応答でのディスカッションの内容を踏まえ、4つのトピックについて1〜4章でまとめている。また、当日答えきれなかった質疑について、後日オンラインインタビューでお聞きした内容を5章にまとめている。

​1. ニューヨーク市の公園政策について

■ 公園政策の背景
 NY市公園局は、市内の約12,140haもの広大な公園面積を管轄で管理している。公園局は、“災害に強い持続可能な公園、公共空間、レクリエーション設備を計画し、現在と次世代のための公園システムを構築する”というミッションを掲げているが、その実行への道のりには、2007年に発表されたPlaNYC、2015年に改善し改名されたOneNYCというNY市の長期環境計画がある。OneNYCは、2050年へのビジョンとして、1)育ち繁栄するまち、2)平等で公正なまち、3)持続可能なまち、4)災害に強いまち、の4つを掲げ、これからの未来に向けた都市のあり方を示している。公園局はこれに基づき、「設備投資と研究」、「パートナーシップ」、「プログラム&メンテナンス」の3つを同時に強化し、“Great Park(素晴らしい公園)”づくりを目指している。

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公園局の“Great Park(素晴らしい公園)”づくりへの目標(島田氏講演資料より)

■ プログラムの具体例
 現在公園局が進めているプログラムで特徴的なものとして、Community Parks Initiatives(CPI)がある。これは、誰にでも健康で公平な未来づくりに向けて、市全域で公正な公園の展開を目指すもので、「人口密度が高い」、「低所得者の割合が高い」、「設備投資を近年されていない」などの基準を満たす地域を対象に、公園のリノベーションや開発を行うものである。設計プロセスから市民参加を集い、カスタムデザインを行い快適な空間をつくり出している。また、NY市環境保護局が先導するグリーンインフラプログラムの導入に伴い資金援助も得て、両プログラムの目標達成を目指している。
 日本で課題となっている小規模な公園の管理について参加者の関心も高く、多くの質問が寄せられた。NY市ではCPIを通じて、主に住宅街にある小さな公園へ行政が投資し、市民の参加を促しながら多くの人に利用される公園へと生まれ変わらせている。
 また近年では、“平等さ”の実現のため、大人から子供まで誰にでも対応できるユニバーサルデザインや、遊び場では五感を使う遊具などを施し、子供の生活空間で健常者も障害者も一緒に過ごせる環境づくりを様々な公園で行なっている。
 最後に、Parks Without Borderは、公園をよりオープンにし、周りの環境に調和させ、近隣エリアの美化へ繋げる試みである。実際には安全性との兼ね合いから、公園周囲のフェンス撤去等に関する課題もあるようだが、多くの人が気軽に公園を利用できることで豊かさを享受できるような環境が整えられることは、非常に望ましいことだと感じる。

2. 多様なプレイヤーの参加で支える公園

■ 公民連携:戦略的パートナーシップ
 NY市の公園は、公園局と多様なプレイヤーの連携によって管理されている。パートナーシップの代表的な形として、戦略的パートナーシップがある。高架式の廃線跡を用途変更したハイラインや繁華街に位置するブライアントパークなどは、公園局と公式なライセンスを取得した非営利組織が、契約関係のもと幅広い管理運営を行っている。一般的にライセンスは基準が高く、取得が難しい。現在は約20+の団体がこれにあたる。ライセンス以外では、合意覚書(MOU: Memoranda of Understanding and Similar Agreements)の下でパートナーシップを結ぶ方法がある。これらの団体には、1つの公園に特化して管理運営を担う非営利団体のコンサーバンシーや、エリア内に公園を含む場合はBID(Business Improvement District)などがあり、それら団体を通して、フィットネスクラス、マルシェ、屋外映画上映などの公園プログラムの運営が行われている。
 日本でも近年、公園への民間参入事例が増えており、日本での公民連携との違いについても多くの質問があった。日本ではカフェなどの収益施設が公園内に立地し、収益を上げる例が多い一方、NY市では飲食サービスは公園内に限らず周辺にも多く立地し、公園内ではイベントなどのプログラムによって収益を得ているケースも多い。他にも、公園のパートナー団体が主催で行うファンドレイジング、個人や企業からの寄付、イベントへの優先参加や商品のディスカウントを提供する有料のメンバーシップの仕組みを利用するなど、団体により異なる資金源がある。また、民間の公園管理・運営の質を担保する方法についても質問があった。NY市では、公園局内に法律に特化した専門家がおり、5〜10年で更新されるライセンスやMOUの定期的な見直しや、設備管理などの基準を満たしているか厳しく評価している。

■ プレイヤーの育成
 公園局では、公園の管理に関わる団体や個人の育成にも力を入れている。例えばPartnerships for Parksは、公園局と非営利団体City Parks Foundationの共同運営によって、主に支援団体形成の手伝いやリーダーの育成などを行なっている。公園局が主体となって既存団体や個人を対象に技術支援を行うStewardship(スチュワードシップ:運営責任の意味)は、近年では毎年8,000人以上が参加している。
 多種にわたるボランティア活動も活発で、継続的な活動から単発的な活動まで様々あるが、それらの情報は公園局のHPで随時更新され、多くの人の参加を随時促している。

図2

ボランティア関連情報(NYC Parks HPより)

 Stewardshipについて、公園を担う市民の意識をどのように育むのか、という質問に対し、島田氏は、日本には「軽い気持ちで参加しにくい文化があるのではないか」と指摘した上で、「まずは活動を楽しく知って興味をもってもらい、モチベーションを高めることが大切」と言う。Stewardshipが行う植樹活動では、公園局の専門職員が必要なスキルを参加者に直接教示するため、植樹をしたことがない人でも安心して気軽に参加することができる。継続して参加が認められる場合には、徐々に責務を与えることもある。そういった流れが、ボランティアのリピーター、団体形成支援、MOU、ライセンスと段階的なパートナーの育成、拡大となる。
 その他、コンセッションやスポンサーシップを通した民間団体との連携や、大学などとの屋上緑化の共同研究、民間、支援団体、他の行政機関との共催で展開されるパブリックアートなど、多様な連携によって市内に豊かな空間を生み出している。島田氏は、豊かな多文化や様々な人が共存する空間をつくるためには、多様なプレイヤーの参加が必要であり、共存できるシステムつくり、同時に新規者へのアウトリーチとその拡大が大事だと言及した。

3. 情報公開と可視化

 NY市では、データ管理の一つに地理情報システム(GIS)を用いている。GISを使って空間分析を行ない、その結果や様々な情報をオンラインで一般公開している。まちの構成に必要な様々な情報を位置情報に重ねあわせることで、そのエリアで何が起こっているのか、情報間の関係性を把握、マップ化も可能である。これは優先順位の判断や意思決定、コミュニケーションにおいても重要なツールとなりうる。
 例えば、公園局のCapital Project追跡システムは、市内で行われている公園局の建設プロジェクトの情報をマップ付きで掲載しており、情報の不透明さを減らし、市民や外部機関の理解を深めることに一役買っている。また、データをポータルサイトやモバイル形式に落とし込み、オフィス内外両方で利用できるWebサービスやモバイルアプリの実用化も進んでいる。このようなデータをもとに、ガイドラインを作成したり、災害に強いまちづくりにも活かしている。
 2015年に行われた市民参加型の街路樹調査では2000名以上のボランティアが参加し、収集されたデータは街路樹マップとしてオンラインで一般公開されている。一本一本の樹木情報やその環境利益を貨幣化した情報も見ることができ、都市の緑のもつ意味を知ってもらい、緑化についての認識を高めるという環境教育の意図も含んでいる。

図3

NY市街路樹マップ(NYC Parks HPより)

 質疑では、元国土交通省公園課課長の町田誠氏から、これほどデータが公開されているという点が、日本の行政との大きな違いであるとの指摘があった。島田氏によると、アメリカでは、政策決定者が変わると政策が大きく変わることがあり、これまでの事業状況や成果を示す信ぴょう性のあるデータを利用し、事業の継続や変更の判断につなげることが多いそうだ。
また、データの運用は、平常時のみでなく緊急時にも非常に有用である。例えば、COVID-19の感染において、郵便番号エリアごとの感染ケース数を地域データと重ねることで、感染者が多い地域の特性を理解することができる。緊急時に他機関との迅速な連携を可能にするには、平常時からデータを整理し、共有できる状態にしておくことが重要である。

4. COVID-19による緊急時からの学び

 今後、アフターコロナについて考えるにはまずは現状をしっかり把握することが大事であるという認識のもと、島田氏からNY市の現状について詳しく教えていただいた。

■ 緊急時の公園の機能
 平常時は、都会のオアシスとして賑わいを創出する公園だが、COVID-19感染拡大による緊急時には、野外の緊急病院や、マスクなどの物資配給所としても機能している。特に緊急時には多目的に利用可能な空間として扱うことが重要であると言える。

■ 公園の閉鎖・開放
 今回のCOVID-19では、国や州により異なる公園の閉鎖政策が見られたが、NY市ではPlaygroundとDog Runを除き、基本的に公園の閉鎖は行わなかった。公園の閉鎖・開放には、近隣自治体や関連機関との連携プレーが必要であり、市民の困惑を防ぐためにも、統一した政策が取り入れられるべきである。
 公園の開放にあたっては、分かりやすいルールや教育を提供し、市民の安全を確保する必要がある。例えば、サイン導入によるSocial distancingの呼びかけや、一定距離を保つよう、芝生エリアに必要な距離幅を示すペインティングを使用するなどの工夫が行われている。「注意するべきことは、Social distancingが最終目的ではない事。Social distancingは感染拡大を防ぐ有効手段の一つであり、その実行と推奨されるマスク使用などで感染の可能性を減らし、皆で安全に公園を利用することが大切である」と島田氏は言う。

■ 公園とのつながりの継続
 NY市では、一般的な公園利用以外にも、従来室内アクティビティであったオペラやファッションショーなどが屋外の公園で展開されるなど利用法が大幅に拡大し、これまで以上に市民と公園とのつながりが深まっている。逆に今は、人との接触を減らすことが求められる中で、parks@homeのサイトを立ち上げ、家にいても公園の経験を楽しめ、公園とのつながりを継続できるように日々情報発信を続けている。
 また、普段人で賑わうことで公園や公共空間の安全性が向上されていた面があるが、今回、外出が制限され、街中から人がいなくなった時にどのように安全性・安心感を確保するかという課題も見えた。特別な例だが、閑散とする繁華街のブライアントパークでは、閉鎖中の芝生エリアにエッセンシャルワーカーへの激励メッセージとして大きなハートが描かれ、それをメディアで見た人達が感嘆したそうだ。人がいない公園からも、市民とつながる方法は工夫次第で多分にあるのではないか。

■ 今後の変化に向けて
 COVID-19の感染拡大を受け、道路を一時的に歩行者や自転車利用者に開放し、ウォーカビリティな街をつくろうとする流れが多くの国々でも見られている。NY市も、市を筆頭に、警察、エリアマネジメント、地域団体、道路関係者が一緒になり5月から開放道路数を増やしている。これは、COVID-19 という災難の中で市民のメンタルや健康を維持するにも有効な策だと考えられる。道路空間での安全を確保し、誰もが楽しく利用するためのルールづくり、周辺空間の物理的環境の調整を考慮しながら実現していけば、今後、益々街のウォーカビリティは実現化するだろう。
 また、公園で開催される屋外マーケットは、本来は挨拶や交流などを通じたソーシャルな機能が魅力であるが、現在は他者間との距離が必要でその機能を発揮できずにいる。室内の店舗に不安を感じ屋外のマーケットに足を運ぶ新規利用者もいる中で、快適な買い物の仕方、距離などのルールづくりを如何にするか、今後の新たな課題である。
 最後に島田氏は、地震、洪水、猛暑など他の緊急事態についても考える必要性を指摘された。今回のCOVID-19と他の緊急事態との共通点や相違点を考え、既存のガイドラインが今回の新状況に適合できるのか、各々のまちが今から考えていく必要がある。

図4

ウェビナーの様子
元国土交通省公園課課長の町田氏、東京大学の小泉秀樹教授、日本大学の泉山塁威助教、東京大学の山崎嵩拓特任助教も参加し、質疑応答が行われた。

5. 追加質疑への回答

 公開ウェビナーでは、およそ100件にのぼる質問やコメントが寄せられた。すべてをウェビナー時間内にご紹介することがかなわなかったため、後日ふたたびお時間を頂戴して、島田氏へのオンライン・インタビューを実施した。それでもすべての質問に答えていただく事は難しかったため、事務局で100件の質問を分類して、以下の4点について取り上げた。

■NY市全体の公園管理について、行政内でどのような役割分担がなされているのか?
 日本では、市内に国営・県営・市町村営、区営による異なる規制が混在しているが、NY市では、民間の公園、州立、国立公園を除く全ての公園は、行政区に関係なく公園局が管轄している。管理主体は公園の性質により異なり、同じ公園内でも自然エリア、児童公園、テニスコートなどのレクリエーションエリアなどコンテンツにより担当部署が異なる。基本的にインフラや樹木などの自然資源は公園局の許可が必要で、日常のメインテナンスや運営にはやパートナー団体が行う事もあれば、公園局による場合もある。

■NY市では、GIS技術やデータ分析力などの行政職員のスキルアップはどのように行なっているのか?
 一般的に、アメリカでは転職者も多く、スキルを既に持つ人が職場に入るケースも多い。新しいスキルを学ぶ場合は、職場内外でクラスやトレーニングの受講などが勧められており、市が職員向きに提供するトレーニングも多くある。GISに関しては、通常業務に広く利用されているが、実際の技術の習熟度については必ずしも技術者レベルになる必要はなく、そういった手法やそれから産出される分析の解釈ができることが重要である。

■データ収集のための調査を市民と共同で行う場合、プロだけで実施する場合の違いは何か?
 集めるデータの内容や趣旨により異なる。一般的に、何に使うデータかを予め明確にし、それに適したデータの質と量を検討して実施方法を決めると効率的である。市民参加型の調査は広域にわたる数多くのデータ獲得に有利である一方、専門性や経験を必要とするものには不向きである。専門家による調査はデータの質や深さが担保される一方、人的資源やカバーできるエリアに限界があり、多大な時間を要することが多い。しかし、市民参加型の場合でもフォーマットの簡素化、調査に使う言語の定義を明確にし、適切なトレーニングを提供することで質の高いデータ収集も可能である。市民参加の場合、時間や天気といった外的要因、環境に影響なく行えることも条件である。島田氏の部署は、分析事項が政策決定や通常業務に繋がるため、環境モニタリング、まちの緑化率といった専門的データ活用が多い一方、街路樹調査のように市民参加型との併合もある。

■収集するデータを活用する方法は、調査実施前に予め決まっているのか?
 データにより何が知りたいのか、仮定の証明、またはデータから新発見を求めているかなど利用者の目的によって異なる。共通するのは、幅広いデータ利用には、可能な限りデータのノイズを除き、データの基礎部分を標準化しておくことである。例えば、繰り返し行われるモニタリングデータでは収集方法が統一化される事で比較が可能、既存情報と適合にはデータ同士の統合性を事前に確認しておくと便利である。データの活用は、誰に何を伝えたいかによりプレゼンテーションが変わってくる。そのため、正確なデータ産出と同時にセンスも要求され、読み手の立場でデータを可視化するスキルも必要になってくる。

(文責 鈴木茜・山崎嵩拓)