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猫背で小声 season2 | 第24話 | 汚れた朝

朝起きて「会社に行きたくない」。
そんな日が誰だってある。
これはぼくの朝の物語。

この日は朝目覚めると、いわゆる「会社に行きたくない日」で、自分でも原因は分からず「会社に行きたくなーい」と奇声をあげてベッドから身体を起こした。

こんな朝は自分のご機嫌を取ることにも苦労するので、身体を起こしたはいいけれど、全世界の「会社へ行きたくないひと代表」になったかのような気分。重たい足取りで台所へと向かう。

調子の良い日、普通の日、会社に行きたくない日。どんな時でも1杯の水を飲むのがぼくの朝のルーティンなのだが「水を飲んで仕切り直し」というわけにはいかず、まるで黒い布をかぶったような真っ黒な気分の自分が鏡に映ることが嫌で、自分の顔を敬遠しながら顔を洗い髭を剃る。顔を洗っても行きたくない気持ちは変わらないし、変わらないというより、変えたくない、そんな「元引きこもり」のガンコな汚れがなかなか落ちない。

こうなってしまうと自分でもどうしようもできなくて、好物である朝食のパンも喉を通らず、「会社へ行くか!」という気持ちと「会社休むべ ⤵️」という気持ちが大相撲の曙と貴乃花の対戦成績くらいに拮抗している。

時計を見ると8時10分。会社へ行くはずの時間だが、心の中では「会社へ行こう」という強気のぼくと「やっぱ休もう」という弱気のぼくが土俵上にいて、いよいよ勝負の時間がやってくる。

軍配は⋯「やっぱ休もう」。
今日はそんな日。

その後「会社への連絡」という気まずい業務が待っているが、ぼくの会社はメールで休むことを伝えてもよく、ありがたい制度に感謝しながらメールを送った。 

「今日は休みます」

「お大事に」

短いやりとりが入社9年目を迎えるぼくの心に深く冷たく刺さる。

テレビに目をやるとテレビでバラエティー番組の「ラヴィット」が放送しているが、こんな朝は笑えない自分がいる。

「日本でいちばん明るい朝番組」をうたおうとも「日本でいちばん落ちこむおじさん」がテレビの前にいるのだ。

休むことが決まっても、会社への申し訳ない気持ちが消えるわけでもなく、休んだことへの罪悪感からか疲れが出てきて、眠気が襲ってくる。

ラヴィットの番組キャラクターであるラッピーちゃんがかわいいとか、お笑い芸人のみなみかわがおもしろいとか、そんな優雅な朝を過ごせるわけでもなく、ぼくは気疲れに負けて眠りに入る。

しばらく眠り、目を覚ますと、テレビにはホンジャマカの恵俊彰が映っている。つまり TBS の「ひるおび」の時間であることに気づく。ということは時刻は11時。

眠りという休息を取ったことで、会社を休んだぼくは罪悪感が少し消え、番組を見る度に変わる恵俊彰の髪の毛の色にさえ気づく余裕も出てきた。

いいぞ、イイぞ、と自分のご機嫌とうまく付き合う。

髪の色はさておき少々クセのある司会者だな、と番組を批評をするくらいの余裕も出てきたけれど、でも「会社休んだくせに⋯」と言いたげな自分もいる。他の番組も気になるので、フジテレビのバラエティー「ぽかぽか」にチャンネルを合わせてみる。

ハライチと神田愛花が出ているけれどあまりおもしろくなくて、そんな時に思い出すのが引きこもりになりはじめの時に見ていた伝説の番組「笑っていいとも」だ。

ぼくにとって「笑っていいとも」は「不登校」という、社会と断絶しはじめた小学生にはおもしろかった。タモリさんという大人がおかしくて、タモリさんはぼくをたくさん笑わせてくれた。お笑い大好き人間になったルーツでもある。考えてみると、今日1日会社を休んでいるけれど、その何十年前は学校自体を休み、社会との繋がりさえも休んでいて、毎日が休日だったのだ。でも今日という日はかろうじて、まだ、社会との接点は保っている。こんな自分と、今日を褒めるべきなのかもしれない。

記憶の中のタモリが、休んだぼくに、沁みわたる。

時刻は14時。日本テレビ「ミヤネ屋」とTBSテレビ「ゴゴスマ」の時間である。両番組とも朝から続くニュースと芸能情報の繰り返しなので少々飽きていて、この時間帯のテレビを見るのが苦痛なのだ。この2番組を見たくないから会社に行っていると言っても過言じゃないくらい苦手なのだが、他人には理解できない思いかもしれない。実際ぼくは休職中の時、ミヤネ屋とゴゴスマを見たくないという理由でジムに行っていた。かつてジムで自分と向き合うために、心身の鍛錬を重ねていたけれど、今日はひたすらお休みなさいの日。同じ休みでも鍛えるか、何もしないか、まったく違う日を過ごしている。

番組も終わり、時刻は16時を迎える。

やることのないこんな日は早めにお風呂に入り、携帯ラジオを風呂場の窓際に置き、身体を洗い出す。

携帯ラジオから聴こえてくる声はニッポン放送の辛坊治郎のニュース番組。普段あまり聴かない番組だ。引きこもり時代に聴いていた TBS ラジオのニュース番組「荒川強啓デイキャッチ」が終わってしまったので仕方なく聴いている。

こんな日、ダメな自分にはラジオも響くはずもなく、身体に付いた涙という雫をタオルで拭き取り、部屋へと戻る。

ふと、「何もしない日」ではなくて、「会社を休んだことで信頼というものを無くしたかもしれない日」なのではないかという思いが湧き上がる。上司や同僚に申し訳ない気持ちも湧いてきて、会社の有休が申し訳なさそうにひとつ減っていくことにも気づく。でもこれがぼくらしい休みの日でもある。

後悔、公開、航海。

こんな日を過ごしても、誰になんと言われようとも、休みたい日は休むし、明日も弱気に会社へと立ち向かう。そういうひと、いると思う。でも、きっと明日は大丈夫。

これは、会社へ行くことがつらい人へのエールの回。また自戒。


絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA 北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。 https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one

文 : 近藤 学 |  MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。

近藤学 SNS
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