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【 レビューあり 】 近藤学 『猫背で小声』 東京都

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ZINE REVIEW by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

PARK GALLERY がはじまったのがだいたい7年前くらい。いまの店舗は2軒目。もともとギャラリーをやるなんて思っていなかったけれど、知り合いが働いていた障がい者の自立支援施設が、施設利用者のためにと、小さなガレージを無料で借り受けたのがきっかけだった。

障がい者が自己実現できる場づくりをプロデュースする、という最初は「お仕事」としての依頼で、フリーランスに転身したばかりだった僕は、仕事を探していたのでよくわからないまま気軽に受けた。障がい者に抵抗がなかったかと言えば嘘になるが、差別的な人間ではなかったと思う。わりと早く受け入れてもらえた。

話し合いを続けるうちに、障がい者の人たちが働く本屋にしたいという話も出ていたのだけれど、書籍の仕入れの経済的リスクも大きく、本を読むのは難しいと感じる人もいるということで、本も借りれて、絵を飾って見られる場所というのを作ることになった。

プロデューサーと言っても、古い壁をバールで壊して張り替えたり、広い空間にするために天井を抜いたり、そこで発生したゴミを小さく刻んで捨てたりと言った作業を率先してやることになる。施設に通う軽度な障がいを抱える人たちのお手伝いと、友人たちの協力を得ながら小さな車庫を、小さなギャラリーへと手作りで変えた。谷中の名店 HAGISO で働く友人にコーヒーの入れ方を教わり、店ではコーヒーも出した。店番はボランティアで応募をかけ、交通費だけ売り上げから工面した。場所は江戸川区の平井。総武線沿線とは言え「亀戸の次は新小岩」と、必ず飛ばされる駅。マツコデラックスが「最後の日本は平井だ」と言って話題になった。つまり東京の僻地。

たまたま公園の前にあったからパークギャラリーとなった。

約1年半ほど。そこには様々なアーティストが有名無名問わず集まり、障がいのある人、ない人、関係なく、毎日が文化祭のような日々を暮らし、毎日のように出会いや別れ、そしてドラマが生まれていた。人間の一生に『躁鬱』があるならば、明らかに躁状態だった。無呼吸で盲目のまま泳ぎ続けたとも言える。失ったものも大きいが、得たものも大きい。

先天的な障がいから来る精神疾患や、後天的な精神疾患を抱える人たちが「障がい者」(または当事者)として、そこには集まっていた。店番やお茶だしもしてくれて、誰に障がいがあるかなんてひと目にはわからなかった。もちろん軽い症状の人たちが通ってくれていたということもあるけれど。

病院で医者に病名を宣告され、障がい者手帳を持っているという共通点が彼らにはあったが、それを差し引けば、個性と言えるくらいのものだった。ある日を境に妖精と会話できるようになったYくんは根がクリエイティブだし、いじめによって会話をするのが怖くなったというKさんは話せば話すほど心の優しいおじさんだった。昨日までクラスのアイドルとしてみんなに可愛がられてた I ちゃんはある日突然、髪を丸坊主にして不登校になってしまった。理由はないらしい。そんな当事者の人たちの話を聞いているうちに「いつ誰がどんなタイミングで患ってもおかしくない」病を抱えてる人がほとんどだと知った。いじめや、親の死、生まれ持っての家庭環境など、明らかな原因がある人もいるけれど、それに至るまでのグラデーションや、サイレンはなく、明日ぼくがなってもおかしくないのだ。

そんな意識が、パークギャラリーをフラットでニュートラルな関係の場所にさせた。アイデアを持ち寄って、助け合うことでしか進めない。公園みたいな空間。それは自慢でもあった。

その噂をどこかから聞きつけてか、「近藤さん」という一人の、小声で、猫背で、華奢で、色白な、メガネをかけたサラリーマンがパークに遊びに来た。年齢は当時30半ばでぼくらの少し上。「絵を描いてるから見てほしい」と言う。特に専門的な勉強をしてきたわけではないけれど、愛する姪っこを喜ばせるために描き始めた絵を発表できる場を探していると、いつしかパークギャラリーに流れ着いたのだ。すぐに絵を受け取り、入り口に飾った。暗闇に浮かぶカラフルな模様が、まるでパークを象徴しているようだと思ったからだ。

その時すぐに知ったかどうかは定かではないけれど、近藤さんは子どもの時から長いあいだ引きこもりが続いていて、心の病気を患らっており、少しずつ社会復帰を目指しながら働いていると、いつか言っていた。その話を聞いたから絵を飾ったのか、記憶は曖昧だ。でも、一緒にカラオケに行って郷ひろみのモノマネを披露している近藤さんの姿からはまったく「統合失調症」としての面影はなかった。

ある日、近藤さんが「パークがきっかけで、少しだけ社会に出る勇気が持てた」と話してくれたことがある。絵を褒めてもらったこと、モノマネでみんなが笑ってくれたこと、友達ができたこと。その積み重ねが、彼の猫背をそっと押したのだという。ぼくらにとってはなんでもない付き合いが、誰かの拠り所になっていたのだと、うれしかった。

きっとぼくらには想像できないレベルの不安や恐怖があったのだと思う。部屋のドアを開け、社会の窓を開けるのにも相当な苦労があったことだと思う。そしてダークサイドはぼくのすぐ横にも広がっているように思えた。

2020年。コロナ禍で不安にさいなまれ、鬱を患う人が増えた。そんなニュースを聞いて、すごく心配になった。いつ、誰が、患うかわからないのはウイルスだけではなく、心の病気もだった。そんな時、近藤さんに顔が浮かび、急いで声をかけた。

「近藤さんが社会復帰できた、それまでの体験をエッセイとして連載してくれませんか?」

きっと、近藤さんの体験談が、コロナ禍で生きづらさを感じている誰かに届き、寄り添ってくれたり、癒してくれるかもしれない。そんなふうに考えてのお願いだった。コピーライティングに目覚め、文章を書くことに喜びを見出していた近藤さんは二つ返事でOKしてくれた。

こうして始まったパークのオンラインマガジンの連載の全29話の、シーズン1とも言える1話から13話を1冊の本にまとめたのが、今回紹介する近藤学による ZINE 『猫背で小声』だ。

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痩せた近藤さんの後ろ姿のように細長い装丁が目を引く1冊。人生の半分以上を「ひきこもり」に費やした近藤少年の事件簿から、少しずつ、一進一退を繰り返しながら社会に出ていこうとする近藤さんの物語が、自身にしか描くことのできないユーモアと病のマリアージュとなって展開されている。赤裸々とも言えるそのエピソードの数々。気づくと、心の中で「がんばれ近藤」と応援している自分がいるのに気づく。

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と、同時に「明日は我が身」という事実が、重くのしかかる(実際コロナ禍で知らないうちに『躁鬱病』を煩い、その闘病の様子を描いた “てきちゃん”の日記も COLLECTIVE に出展されているので合わせて読んでみるといいと思う)

そんな中、軽やかに、ステップを踏むかのような近藤さんのリズミカルな文章が、読んでいて心の拠り所になる。そして、就職活動までこぎつけた近藤さんの行動力に、勇気をもらえるはず。

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どこかの知らない誰かの昔話や日記に、心を震わせたり、人生の舵を取られたりする。それが ZINE の素晴らしいところだ。そして ZINE というメディアは多様性を受け入れてくれるメディアでもある。タッチするかしないかは、一人ひとり、それぞれだけど、ぼくはタッチしていく。それが例え小さな声でも、発信したい人がいる限り、耳をそっと傾けていきたいと思う。

COLLECTIVE 残り2日ですが、そんな気持ちで、ZINE と向き合っていきたいと思っています。長くなりましたが、ご静聴ありがとう!

近藤さんへ

コロナが落ち着いたらまたカラオケで2億4千万の瞳を一緒に歌いましょう。



【 ZINE について 】

『猫背で小声』は、猫背で小声がちょうどいい、会社員・近藤学による初のエッセイで、2021年1月から7月まで、パークギャラリーのオンラインマガジンにて連載されていました。小学校で起きたとある事件をきっかけに、人生の半分を『自分磨き』(ひきこもり)に費やすことになった近藤氏が、社会の窓を開いて外に出るまでの小さな冒険記のような物語が、全29話にわたって掲載されています。

本誌は、その中から、少年時代の不安定な心の揺らぎ、ひきこもりが続いた学生時代、そして、成人をきっかけにはじまった就職活動、統合失調症を抱えながらも社会へと出ていく姿を描いた前半の13話を再編集し、掲載した1冊です。
 
症状の重さの差はあれど、心の病は決して他人事ではありません。家族や恋人、友人、そして自分。いつ誰が抱えることになってもおかしくない病です。胸に手を当ててみれば、少しくらい心当たりがある人も、この時代、決して少なくないと思います。
そんな中、生々しいまでにリアルにコミカルに描かれた近藤氏のエピソードの数々は、時に辛く、でも時におもしろおかしく、そして、小さな勇気や自信を分けてくれます。

価格:¥500(税込)
ページ数:24P
サイズ:95 × 200mm


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作家名:近藤学(東京都墨田区)

平日はサラリーマン。休日に文章を書くひと。宣伝会議賞、サラリーマン川柳入選。詩や文章を書く事がメインだが姪っ子ふたりに笑ってもらえるような文章を書くことが目標。

https://www.instagram.com/manaboo210
https://twitter.com/manyabuchan00

【 街の魅力 】
悪い人がいない。
【 街のオススメ 】

① 百花亭 ... ホイコーローがおいしい。オヤジさんが低姿勢で可愛らしい。

② エクセルシオール錦糸町店 ... いつも文章を書く場所で大きな窓際の日差しがきもちいい。ぼくの書斎となりつつある

③ ニューウィング(サウナ)...全国的にも有名で泳げる水風呂がとても気持ちいい。サウナが好きになった場所。



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