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⓯ いってらっしゃいの味 『味の萬楽』 (御茶ノ水)

学生時代からずっと住んでいた世田谷から東京の東へ引っ越して5年。引越しの時の条件は「近所付き合い」や「お祭り」があるところ。そして1階でギャラリーができるところ。

東日本大震災の衝撃を受けて、2012年に働き方を変えたくなり独立。時間を自由に使えるようになってということもあって、震災の傷を癒すかのように日本各地を旅すると、いままで気づけなかった美しい風景や人のぬくもりをたくさん感じることができた。旅先では名前も知らないおじさんやおばさんと飲んだ夜があった。次会うことはないかもしれないけれど「いってらっしゃい!」と言ってくれた人がいた。たまたま話しかけただけなのにたくさんのレモンをくれたおじさんがいた。瀬戸内海に浮かぶ船の上で、七色に光る朝焼けを見たのが決め手となって、「誰かにとっては当たり前かもしれない日常の景色や物語」を、言葉やデザインで編集して伝えていく仕事をしたいと思うようになるのだけれど、その拠点となる場所は、その時に住んでいた世田谷の、アノニマスな住宅街ではないなとふと思い、東京の東に拠点を移した。湘南や鎌倉でも物件を探したけれど、神田明神に呼ばれるように末広町に決めた。一度決まった三ノ輪の物件が突然「なし」になったのも導かれたような気がした。

秋葉原というエリアも、神田明神のお膝元となると小さな村のような町会のコミュニティが存在している。すれ違う際に住人同士あいさつを交わすのはもちろん、2年に1度は神輿を担ぐ。神輿の仲間は学校の先輩後輩みたいで楽しい。1年が30代。2年が40代。3年が50代。そんな仲間で横浜に旅行したり、今から飲もうと玄関をノックしてくれる人もいる。体の心配をしてくれる人もいる。実家のりんごや収穫した野菜をお裾分けしたり、東京の真ん中の、東京らしくない日々が愛しい。これを僕は、「東京から東京への移住」と名付けて楽しんでいる。

いってらっしゃいの味がする
味の萬楽(御茶ノ水)
パークから徒歩5分
★★★★☆

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今日紹介する町の中華屋さん『味の萬楽』は『お粥』が名物というすこし変わったお店。お粥と言っても味のしっかりした中華粥で、卓上の調味料を合わせながら味を変化させて楽しむ。二日酔いで疲れた胃にやさしい。

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馴染みのない「ふにゅう」も安心、女将が説明してくれます。
沖縄のとうふようっぽい感じかな。

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秋葉原という一角で老舗の風格を放つ中華屋。創業はなんと明治45年。そう聞くとこわもてで無口な親父が暗く油っぽい厨房で静かに中華鍋を振ってそうな佇まいだけれど、女性ふたりが切り盛りする店内はいつも清潔で、いつだって明るい。特に「女将」は劇団員かと突っ込みたくなるほど明るく迎えてくれる。

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だいたい中華粥かラーメンかで悩むのだけれど、近頃は『もやしそば』の一択。シャキシャキのもやしとコシのある中華麺に濃厚な餡が絡みつく。あの細いもやしのどこからこんなにたくさんの旨みが出てくるのだろうと、いつも不思議に思う。お粥もラーメンも、もやしそばも、チャーハンも、すべてコクがしっかりあるんだけれど、なぜかあっさり。店員さんたちの明るさとやさしさが詰まったような味だ。

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ちなみにトロトロのチャーシューとチャーハンもオススメ。

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残念ながら土日はおやすみ。平日のランチタイムは秋葉原のサラリーマンたちの疲れた胃を癒している。このあたりの会社は町会の付き合いもしっかりしていて、萬楽に食べに来る近所の人たちは神社のこととかお祭りのこととか、世間話をしにくるひとたちが多い。みんな、ごはんを食べ終えると、嬉しそうにつまようじをくわえて出ていく。その背中に向かって、毎回、

「いってらっしゃーい」

と声をかける女将。何度も言うけれど劇団員かと突っ込みたくなるほど声が出てる。店の前を通る登下校中の子どもたちにも「いってらっしゃい!」とか「おかえり!」と声をかけていて、そんな様子をビールを飲みながら見ていると、一瞬東京にいることを忘れる。けれど、これが東京らしい姿なのかもなとも思う。

あたたかいもやしそばを食べて冬の街に出ると、背中の方からいってらっしゃ〜い!と明るい声がする。いつも、少しだけ胸を張って、心の中で「いってきます」とつぶやき歩き出す。

萬楽を食べるといつも元気が湧く。

おわり


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パークギャラリーに居るひと
加藤淳也
東京・末広町の PARK GALLERY でディレクターをしながら、フリーで広告やウェブのプランニングやディレクション、編集をやってます。酒飲み。
🌱 南足柄で大豆育ててます。仲間募集。
https://www.instagram.com/junyakato_parkgallery/


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