見出し画像

2021年8月22日(日) 霜田哲也 @TARPノート

ドローイング ZINE『TARP vol.02』より、参加作家による日記や写真、絵を更新しています。先日パークギャラリーで開催していた、TARP vol.2 原画展 “STORYLINES” の一部展示作品を、引き続きパークギャラリーのオンラインストアにて期間限定で販売中です。展示は終わりましたが、気になっている作品がある方はぜひオンラインストアでも引き続きおたのしみください。

『TARP ノート』は、絵描きたちによる投稿を更新しています。
今回は霜田哲也さんの投稿です。

画像1

「硝子戸の向こうに春巻き」

気がつくと夏が終わっていた。夏は突然やってきて、挨拶もせず帰って行く人一倍物静かで気恥ずかしがり屋の友達みたいだ。
夏は終わったんだけれど、まだ蒸し暑い。ほんのり香る秋先の香りは、逆に過ぎ去った夏の結晶みたいに、懐かしい思い出を思い起こさせる動機としてぴったりだな、とこの季節には思う。

ところで私は、夏が来る度、私は足の裏がほんのり熱くなって眠れない夜がある。
触れてみると、なるほど、実際の表面温度は腕や頬、ほかの私の身体の部分の温もりと差して変わらないのであるけれど、なぜかほんのり足裏だけが、土踏まずのあたりからだけ熱がムワッと込み上げてくる様で、なんとも心地よくない。
血行が良い結果の健康印ならば聞こえが良いが、私はもう何年もこの感覚に悩まされている。

それはすっかり忘れかけていたことだけれど、あれは小学生だった頃。私の家は母子家庭で、母が急に手術をする事になり、私と弟は叔母と祖父母が同居する、目の前に大きなシュロの木のある公園を眺める様に立った、玄関が不思議な具合に切り出されている紫色の家に預けられた。
思い出せばあの時分も夏だった。ような気がする。
朝になれば沢山のアブラゼミが鳴いて、嫌でも目が覚めた。この家では必ず朝食はトーストと決まっていて、時々卵サンドのような時もあったように思う。私はカートゥーンネットワークで可愛いアニメと、学校が終われば午後からはバットマンを欠かさず観る子供だった。ブルースウェインの不幸な出立ちと、他のヒーローアニメに比べれば決して格好の良いとは言えない地味なヴィランたちと、バットマンにせよ悪者にせよ個人的な腹いせが大半をしめるストーリーが私を魅力した。
夜になれば祖母がお腹いっぱいになる様に、大盛りのご飯を作ってくれた。祖母は料理が上手で、私は一度しか食べれなかったけれど春巻きが絶品だった。多分、どんな中華街や国に行っても食べれない美味しさで、けれどある時からぱったり作らなくなってしまった。

そんな祖母が亡くなった時、母が「春巻き美味しかったね」と言ってたけれど、正直そう言われるまで私は実は春巻きのことをわすれてしまっていた。実は美味しいかどうかということは、母が一言「美味しかったね」と言ったことで私の脳が「美味しかったな」と空白の記憶をかってに埋め合わせている様な気もして、あまりパッとしない。
そんな祖母が、ひと一人入れるかどうか、というくらい小さな台所で無駄なく調理する姿を、小学生当時の私は東南アジア風の間切りの陰から、ビロードの椅子に座って時折眺めていた。

普段、自分の家にいる頃は真夜中までテレビをつけて、決まって土曜日の夜はタモリ倶楽部を、そのあとは真夜中の海外映画を観て、外がほんのり明るむ頃に眠る様な子供だった。けれど叔母は早く寝なさいと言うので、11時には布団に入らなければならなかった。
私たち兄弟に与えられた寝室は居間と障子一枚隔てた隣室で、やけに広く、自分の家よりも天井も高く、床は畳だけれどその上に不思議な手触りの赤や黄色の絨毯が敷き詰められていて、私はこの絨毯の手触りが好きじゃなかった。上を歩くときでさえ、なるべく足の裏との接着面を最小限に抑えるために、両の足の甲を外側に傾けて、外側の側面だけで、忍者のように部屋を横切った。
柱は材木で作られていて、ほんのり自然の香りと、衣装ダンスからのパラソールの匂いとが合い混り、この部屋はとても不思議な空気に包まれていた。
祖父母の家の布団は我が家と違ってツルツルした素材で、枕もぐっと頭の重みで沈み込むほど柔らかいものだったので、初めはなかなか身体が慣れなくて、右へ左へ兎に角寝返りを打って自分をヘトヘトに疲れさせることで精一杯だった。それに表は車一台通らない静かな通りだったから、物音一つないその静けさと、不完全な暗闇の中に昼間と違って見える箪笥や仏壇たちが仄かに奇妙で、まるで違う星に来てしまった様な気持ちになった。そんな感覚も実はあっという間に過ぎ去って、私はよく眠ったと思う。
けれど、時々、足の裏の方からほんのり熱くなって、ツルツルする布団の表面に足裏をつけてみても困ったことに最初の一瞬間はひんやりさせられるも、あっという間に布団の表面も緩くなってしまって、どうも眠れない夜がしばしばあった。それ以前がどうだったかは覚えてないのだけれど、その頃合いから足裏が熱くなることが度々あった気がする。
そんな時はどうしたものかと広々としたこの部屋を薄暗闇の中で周りを見回してみると、私のちょうど腰の高さ辺りくらいの大きさをしたテレビ台が部屋の隅に置かれていて、その下段の雑多な物入れの部分は観音開きの部分が厚い硝子で出来ていた。もしやと思い擦り寄り、仰向けのかっこうで両の足裏をピタッとくっつけてみると、背筋がゾクっとするくらい冷たくて、頬が緩んで微笑んでしまうほどだった。その日から毎夜、足の裏があったまってくると、私はそのテレビ台にこっそり足裏をくっつけて眠ったのだった。

そうしてあっという間に月日はすぎたのだけれど、今でも時折どうも足裏からじわじわ熱が込み上げてくる様で、なんだか眠れそうで眠れない夜がある。陽は落ちてすっかり暗くなった東向きの窓の向こうから、やさしい海風が時折吹き込んでくるけれども、この微風では私の足裏はどうも涼まらず、思いつく限り、足の届く限りの色んなものに足裏をくっつけてみる。ドアノブ、ギター、空気清浄機、黒いステンレス制の机の足…けれどもどれもしっくりくるようなひんやりとした感覚は持ち合わせていないようでこれは困ったな、と思い悩んでいる。そんな時、ふと思い出すのがやはりあの叔母と祖父母の同居していたあの家の、だだっ広い部屋の隅に鎮座したテレビ台の、観音開きの厚い硝子戸のことだったりして、なんだか懐かしい気持ちにさせられるのだ。そして何と無く、祖母の春巻きを食べた気になって、感傷的な気持ちに勝手に浸ってしまうのだった。


霜田哲也
大阪生まれ。
ルーティンの結果、ゲシュタルト崩壊した先を目指す。
https://pikkari1987222.wixsite.com/park
https://www.instagram.com/cinderella2000studio
TARP 公式アカウント
----------------------
🌳 ONLINE STORE
https://tarp.stores.jp
🌳 note
https://note.com/tarp
🌳 Instagram
https://www.instagram.com/tarp_2020
🌳 Twitter
https://twitter.com/tarp_2020

🙋‍♂️ 記事がおもしろかったらぜひサポート機能を。お気に入りの雑誌や漫画を買う感覚で、100円から作者へ寄付することができます 💁‍♀️