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【 レビューあり 】 鈴木愛美子 『 ITW(In the wind)』 東京都

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ZINE レビュー by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

下北沢の片隅にある小さなカウンターだけのバーで働いていたのはもう20年も前。壁はタバコのヤニにまみれ、客が少ない時はテーブルの上を堂々とネズミが横断するようなお店。若きバーテンダー気取りこと僕は、おいしいお酒を提供する努力よりも、客とのおしゃべりの質や、いかにお酒に合ういい BGM を選曲をするかに凝っていた。ビートルズやストーンズはもちろん、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド、ジャニス・ジョップリン、ジミ・ヘンドリックス、etc… 古い定番のロックの知識は、オーナーが所有する店のレコードから学んだ。
 
勤務は週に2日。店長が休みの月曜と火曜の夜。つまり日替わりの店長として、20時にひとり店を開け、客と一緒に酒を飲み交わし、朝5時に閉め、売り上げの30%の現金を給料として握りしめて帰る。その連続。
 
混む時は椅子なんて関係なく、鮨詰めで10人くらいが夜通し入れ替わる。もちろん客がひとりも来ず、つい居眠りをしてしまう夜も。その夜は給料もゼロ。けど、それでも別に構わなかった。曜日を間違えない限り、客は「ぼくに会いにくる」。その事実と基地があることが誇らしかった。

愛と笑いの夜。
下北沢という立地も手伝って、客層は本当にいろいろだった。売れない役者、ミュージシャンはもちろん、サラリーマン、学生時代の友人、アパレル会社の女社長、不動産王、近所の飲食店の人たち、占い師、飲み逃げするじいさん(なぜか常連)、風俗嬢、ホスト。億単位の借金を抱えてる人もいた。年齢も職種もバラバラな人たちが夜な夜な集まり、お酒を飲み、ぼくに愚痴を言ったり、ジョークを言ったりする。笑いに包まれる夜もあれば、誰かの涙で終わる夜もある。みんなたくさん恋もしたし喧嘩もした。暴力沙汰も警察沙汰もあった。

深夜に、誰にも言えないことをそっと告げて、消えるひとたちがたくさんいたように思う。その全員の顔、いや、顔つきというのかな、を、いまでも覚えてる。もうきっと会わない(会えない)人たちばかりだけれど、すべての出会い、すべての会話が、いまのぼくの生きる糧になっていると言える。
 
夜に落ちていくたくさんのひとたちを見つめながら、どこか俯瞰している自分が常にいて、たいていのことは大丈夫、なんとかなる。と思っていた。根拠はない。そして、実際、客の手を握りしめ、そう言ったことは何度もある。闇と希望が、ネガティブとポジティブが、二律背反で同居してるようなそんな空間と時間。
 
さて、当時、ぼくが絵を描くスキルを彼女ほど持っていたら、こういう絵を描いたかもしれない。と思った ZINE を、今日は紹介します。

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世界中のアンダーグラウンドで起きる事、生きる人々、隠された事実をテーマに、絵やコラージュなどのアートワークを作り続けているアーティスト鈴木愛美子さんによる ZINE『ITW(In the wind)』。さまざまな事情を抱えながら東京の性風俗業界で働く人たちの人生記録がテーマの1冊。

性風俗と聞いて『卑猥な作品』と思う人もいるかもしれないけれど、パーソナルな表現を善しとする ZINE に関しては、それぞれが手に取ってからしっかり判断すべきだと思う。もちろんこの作品の主題は、そこにはない。
 
構成はいたってシンプルで、鈴木さんによる絵と、その絵を一言で切り取る暗喩のようなキャプション、そして画材の説明。

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しかし作品全体に漂っているのは、視覚的な情報からか、または自分の感情を重ねて判断しているのかは定かではないけれど、声にならない小さな『痛み』。それは、でも、暗く悲しいものではなく、教会に飾られた宗教画のような、許しにも似た感覚と同居してる。

「誰かに向けられている」という ZINE の性質、または事実が生み出す『希望』という感覚にも近いかもしれない。「ひとりじゃない」と手当をしてくれているような、その描写に、バーで感じていた「たいていのことは大丈夫、なんとかなる」という感覚を思い出した。もしくは作家自身のセルフケアの要素もあるのかもしれない。
 
肉太な手足の表現には「ここにいる」という、生きたエネルギーが詰まっている。

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この作品に限らず、ZINE の制作意図の多くには、自分をゆるしたり慰めたりするという行為が大なり小なり含まれている。「ここにいる」。作者がそう明言していなくても、自ずとそういう傾向が多いというのは、年間100冊以上のタイトルと向き合ってきて感じている。そして、実は ZINE というのは『作る』だけではなく、ZINE にタッチして(読んで)、共感することでも、癒しや、慰めを生うんだりする。

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 東京の性風俗に特別な思いがない人の方が多いかもしれないけれど、作者が与えてくれたヒントや背景から「物語を読み取ろうとする行為」は、想像力を育み、人生を少しだけ豊かにしてくれる。自分の興味のあることばかりに触れていては人間は偏ってしまう。たまには ZINE というパーソナルなメディアを通じて、自分の知らない世界、感覚にタッチしてみるのはどうだろうか。
 
そのための1冊として『ITW(In the wind)』はとてもいい ZINE だと言えます。
 
そういえば、決まって夜中になるとボブ・ディランの『風に吹かれて』をレコードでかけてとリクエストしてくるユキという名前の女性がいた。「答えは風の中」という歌詞が、20歳そこらのぼくに「なんとかなる」と言い聞かせていたのかもしれないなと、ふと、この ZINE のタイトルから。
 
おしまい。

長いのに読んでくれてありがとうございました。

レビュー by 加藤でした。
 

【 この ZINE について 】


東京の性風俗で働く人々を描いたZINE。作者自身が19歳から関わっている事もあり、様々な事情で集う人達の人生記録として制作。

価格:¥1100(税込)
ページ数:16P
サイズ: 148 × 210mm


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作家名:鈴木愛美子(東京都下町界隈)

世界のアンダーグラウンドで起きる事、生きる人々、隠された事実をテーマに制作。

https://twitter.com/ManamikoS

【 街の魅力 】
土着的で刹那的。
【 街のおすすめ 】
① 東京拘置所 ... 下町と言えばこれ。行かなくても良いと思います。
② 荒川河川敷 ... 何も無い、そこが良い。遊ぶも良し、寝るも良し、住むも良し?
③ パラダイス礼子 ... 昔ながらの老舗スナック。色々と規格外なボリュームのママが魅力的。深夜でもカラオケと罵声が聞こえるほっこり空間。地元のオアシス。




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