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【 レビューあり 】 ivy × カワジリユウヤ 『往来』 東京都

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ZINE REVIEW by 加藤 淳也(PARK GALLERY)


20代の半ば、長めの期間で無職になったことがある。仕事先での人間関係が怖くなり、ストレスを抱えてやめたこともあって、転職も躊躇していた。少しの貯金を切り崩し、親からの援助を受け、酒を飲みたい時は先輩を呼び出しておごってもらい、服や CD、漫画を売って、パスタを茹でてレトルトのソースをかけてその日を食い繋ぐ。そんな生活を送っていたのに、ある日、渋谷のビックカメラで衝動的に Macbook を買ってしまっていた。2年分割払いの書類にサインして、その近くのマルイのキャッシュディスペンサーで向こう2、3ヶ月分の生活費とスキャナとプリンターの購入のために50万円を引き落としていた。

次の日から、取り憑かれたかのように ZINE を作り始めた。説明書もないまま、Photoshop と illustrator に触り、ここをクリックするとなんとなくこういうことができる、というのを、覚えていった。仕事もせず、飯もろくに食わず、寝る暇も惜しんで触っていると、おもちゃを与えられた子どものように、どんどん覚えていくのを自分でもわかった。ページをレイアウトしては出力して、好きな雑誌(relaxやSTUDIO VOICE)と見比べて、何が足りてないのかを検証する。一向に上手にならなかったけれど、自分なりにいいなと思った制作物をデザイン系の会社何社かに履歴書と一緒に送った。もちろん返事は来るはずなかったし、借金はどんどん膨らんでいったけれど、作るのはやめなかった。

話は変わる。

今回紹介する ZINE『往来』は、PARK GALLERY の近所で暮らしているサブカルおしゃべりクソメガネ(本人自称)ことアイビーが、執筆・企画・編集・デザイン、その全てを彼が手がけ、親友である若き写真家のカワジリユウヤくんが本誌に写真を添えた共作とも言える1冊。

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地元でもある東京の東をこよなく愛する(楽しむ)アイビーによる、好きな店、好きな場所がエッセイで綴られている。普段からファッションや食べ物、音楽と、こだわりの強い青年だ。ここに紹介されている場所も、ひとくせもふたくせもあるけれど、行きたくなるような魅力的な場所ばかり。あえてその場所の名前を出さないあたりも気が利いている。

写真があるおかげで、なんとなく、その場所を想像させるので、近所に暮らしていればなんとなくあそこだなとわかるけれど、特定するのはきっと野暮だ。

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「往来」

言葉としては認識しているけれど、うまく使えたことはない言葉だなと思い、改めて辞書をひいてみると、「行ったりきたりすること」とある。好きな場所にとにかく通い詰める(彼にとってパークもその1つ)アイビーの、その軽やかなフットワーク、ライフスタイルを表現するいい言葉を選んだなと思った。そして「往来」は同時に、言葉と写真のセッションのようでもある。アイビーのテキストにユウヤくんが写真を添えていく。アイビーの少しキザで、でも等身大とも言えるおしゃべりなテキストに、やけにアンダーなモノクロームの写真が、重みを加える。そのとたん、物語の中に音楽が流れ出し、タバコの煙が漂ってくる。車のクラクションや酔っ払いたちの喧騒が聞こえてくる。そして写真があるだけで、アイビーのやけにライトな言い回しがリリカルに踊り始めるから不思議だ。これは計算か、誤算か。

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誤算と言えば、A5サイズにまとまった今の『往来』の仕様は、COLLECTIVE の会期中にリニューアルされたものだ。当初持ち込まれたものは、デザインももっと大雑把で、文章も読みづらく、写真もずいぶんと雑にレイアウトされているように見えた。その方が「手作りの ZINE らしい」という思いもあったけれど、過去の彼らの作品を見てきた身としては、少し引っかかっていて、その旨を直接伝えさせてもらったという経緯がある。ただのダメだしと言えばそれまでだけれど。それを聞いたアイビーはその日のうちにデザインを見直し、ユウヤくんとふたり話し合い、写真の見せ方もレイアウトを組み直し、再度印刷にかけることになるのだけれど、そこまでさせてしまったことに対して「俺みたいなものが何を偉そうに」とどこかで思いながら伝えたものだ。でもきっと彼らのためになると信じてのこと。

何度も何度もレイアウトして、何度も何度もプリントアウトしてもうまくいかない。そんな20代を過ごしていた当時のぼくが、ダメ出ししてるその姿を見たら笑っただろうなと思う。

「当時のお前の方がよっぽど下手だよ」と。デザインも文章も。こればかりは努力よりも、持って生まれたセンスだからと、デザイナーになる夢を諦めた当時の俺。でも ZINE を作るのはやめなかった。

話は昔話に戻る。

相変わらず仕事もせずに、ZINE 作りやステッカー作りにあけくれ、借金が100万円を超えそうというあたりに、一本の電話がなる。パソコンを買って最初に作った架空の CD ジャケットのデザインを見たというデザイン会社の人が、しばらくして電話をかけてきたのだ。

「面接に来れないか」

その電話がきっかけとなって、いまこうして、ものづくりの仕事をしながら、パークギャラリーをやらせてもらえてる。下手でもいいからがむしゃらに、何度も何度も「失敗」と「成功」を往来してものをつくる。そのプロセスは、絶対にいつか実を結ぶと思う。

まだ若き編集者としてのアイビーのこれからに期待だ。

レビュー by 加藤 淳也



【 ZINE について 】

私に馴染み深い、"ある街" について、そこで時間を過ごしてきた私個人の視点とその街に縁もゆかりもない別の人の視点を同時に見せられたら面白いのでは、と考え、ZINE にしてみました。学生時代からの友人である写真家のカワジリユウヤくんとの共作です。カワジリくんと実際に現地へ赴き、私の話や文章からのインスピレーションで写真を撮っていただきました。

価格:¥660(税込)
ページ数:20P
サイズ: 148 × 210mm

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作家名:ivy (東京都千代田区)

東京都千代田区外神田、出身・在住。自身が日々受けるカルチャー体験や大学でのフィールドワークを学んだ経験や海外放浪を生かし、地域・ヒト・カルチャーを主軸にライターや ZINE 作者として活動。カルチャーメディア「チトセマガジン」、高円寺のタウンペーパー「Show Off」等で記事を担当する他、外神田にあるガレージにて、他ジャンルの表現者を集めたイベントを不定期開催している。

https://www.instagram.com/ivy.bayside
https://twitter.com/eyechang1997

共同制作:カワジリユウヤ(写真家)
https://www.instagram.com/any_glw

【 街の魅力 】
オフィス街や官庁街、電気街、学生街など、一般的に知られている側面とはかけ離れた一面が歴史の上でも、現在進行形でも起きている地域です。
【 街のオススメ 】

① ミュージックバー『道』... ギリギリ区を跨いでしまうのですが、PARK GALLERY からも徒歩圏内のミュージックバーです。国内外・ジャンルを問わず様々な音楽が流れ、アートやカルチャーを嗜好する人たちの社交場となっています。

② びようしつ seki ... PARK GALLERY を出て神田川を渡り、須田町の裏道にある小さな美容室。オーナーの関さんはアンティークに造詣が深く、自然光と拘りの品々に囲まれながらの時間が心地よく過ぎていきます。微妙なニュアンスの違い、雰囲気を具現化する関さんの施術も至高です。


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