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猫背で小声 season2 | 第5話 | オコるヒト

いつの日かこんなことがあった。

姪っ子2人がまだ幼稚園の頃。
ぼくは精神的に具合が悪かった。
そして気持ちの面で苛立っていた。

そんな中、いつものように姪っ子はウチに来て、ギャーギャーと、まわりを気にせず自分たちの世界で騒ぎ出した。

ぼくは精神的に具合が悪いと、その内容に関わらず人の「声」すら気になり、過敏になってしまう。そんなわけで、騒いでいる姪っ子たちに対し、ぼくは怒鳴ってしまった。

姪っ子たちは酷く驚いていた。

ぼくの名前は「まなぶ」というので、姪っ子から「ぶーちゃん」と呼ばれていた。「あのやさしいぶーちゃんが⋯」という表情の2人。

それ以降、ぼくが姪っ子に声を掛けると、ビクッと身体が震えてしまう、ぼくに対し拒否反応を示すようになった。

この一件があってから、ぼくは人に対し「怒ること」をやめた。

怒るという感情は、自分の気持ちをスッキリさせるという点ではいいことだと思うが、無責任に感情を吹っかけるという点ではとても恥ずかしいことだと思ったからだ。

よく「天使のような人」や「マリア様」みたいな人という例えがあるが、そういう人もかつては「怒」という感情はあっただろうし、怒らないとしても「怒ること」に対してそれぞれ自分の中に「物差し」を持っていると思う。

ぼくは相手からどんなに酷いことをされても

「怒れない」
「怒りたくない」

もともと「怒る感情」があまりないので、感情を出さないという行為は、メンタル的に言えば、ものすごく損をしているというのは自覚している。

怒れないから、この病気になったんだろうし。

でも、怒らないから人に優しくできるんだ、と自分の中の「物差し」は語る。

あの時、姪っ子に怒鳴った際、どんな苦痛を与えてしまったんだろうと、姪っ子が大学1年生と高校1年生になった今でも申し訳ない気持ちでいる。

今まで生きてきて、ぼくに対して言葉では表せないような失礼なことをしてきたヤツはかなりいるが、不思議と怒れない自分がいた。

怒れない自分がいるくせに、心の中は雄弁で

「足短いくせに、バカ バカ バーカ!!」とか、「ダサい服。なにがあったらこんなファッションセンスになるんだろう」とか、相手をディスることで頭はいっぱいになる。

これがせめてもの反抗だろうか。

怒ることで何がはじまるの?
何が生まれるの?

さっきも言ったように、怒ることに関してはレベルがマイナス30くらいの人間なので、本能のまま「怒る」感情が持てれば、もう少し人間らしく生きられるのではないかと、今はそんな窮屈な感情が、語っている。

次回もお楽しみに


文 : 近藤 学 |  MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00


絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA
北海道東川町出身。
奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。
https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one/

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