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【 レビューあり 】 伊藤健介 『世田谷区』 東京都

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Review by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

東京に上京する前から世田谷に住むと勝手に決めていた。都心から離れれば離れるほど家賃は安くなり、部屋も広くなるという東京の住宅事情は知っていたけれど、譲らなかった。

最初に暮らしたのは下高井戸徒歩3分。4畳半の独居房のような1R。5階建ての5階。カーテンのない部屋からは甲州街道と首都高が見え、夜になるとオレンジの街灯が眩しい。眠れない夜は屋上にあがって、車の走る音を聴きながらタバコを吸ってビールを飲んだ。

学生街でもある『しもたか』の商店街は賑やかで、マクドナルドなどのチェーンもあるが、駅前の市場や個人商店が元気だった。少し離れるだけでひっそりとした住宅街が現れる。公園もたくさんあり、自然も近くに感じられた。春になると桜が町中を彩り、秋になると鮮やかな赤や黄色に包まれる。都会的な暮らしの中に季節がほどよく息づいてる感じが好きで、そこから15年近く、世田谷線の駅を南下するように、転々と世田谷に暮らし続けた。音楽がよく似合う街だなと、ずっと思ってた。

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今回紹介するイラストレーション ZINE『世田谷区』をぼんやりと眺めながら、20代の頃、目的なく歩いたり、自転車で駆け回った日々と、ここに描かれたいくつかの景色を重ね合わせてみると、まるで自分が見てきた景色のように思えて、懐かしくなった。

この ZINE の作者で、イラストレーターの伊藤健介さんが近所を散歩して見つけた景色のスケッチが、20Pにわたって建ち並ぶ。立派に手入れされた庭。小さな団地。突然現れる抜けのいい道路。並木道。おそらくリソグラフで印刷されたザラっとした単色のブルーが、頭の中で彩られていく。セピア色の写真がゆっくりカラーになって動き出す、演出のような。

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冒頭に記された日付は2021年の3月。世田谷には3月と8月がよく似合う。
まだ少し寒くて、でも陽があたるとあたたかい。梅から桜へバトンタッチする、ちょうどそのくらいの季節を、そういえば毎年たくさん歩いた。そしてよく晴れた日は、ちょうどこんな青のようにひんやりと、静かだった気がする(世田谷はどの街も駅前は賑やかだけれど少し入るとしんと静かになる)。人通りがない平日は、映画のセットの中に迷い込んでしまったかと思うほど。普段暮らしていると、ずいぶん東京の空は狭いなと感じるけれど、時々こうして、伊藤さんの絵のように広々と開けた風景に出会える。

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ヘッドフォンを耳に当てると、街はより一層静かになる。歩くたびに大きくなる自分の鼓動と息づかい。時々通り過ぎる車やバイクのエンジン音。おばさんが鳴らす自転車のベル。いつか住めたらいいなと思いながら見上げるビンテージ・マンション。緑道。カフェやハンバーガーショップ。公園。

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ここに暮らしていると、いつかしか『世田谷』という小さな町の集合体が、自分の手のひらの中にあるみたいな錯覚に陥る。自分が主人公にでもなったような気分で、ゆらゆらと。ちょうどてのひらサイズのこの ZINE には、その時のそんな感覚が詰まっていた。

『宇宙・日本・世田谷』というフィッシュマンズのアルバムに出会って、それだけの理由で世田谷にこだわった。単純な判断だけれど、決してその選択は間違ってはいなかったと思う。15年間住んで、主人公はぼくではなかったことに気づき、離れた。

世田谷が好きな人は、もしかしたらあそこかも?と思い当たる景色が見つかるかもしれません。世田谷を知らない人も、きっと世田谷の街を散歩したような気分になれる1冊です。ぜひ手に取ってみてください。

それにしても絵がすてきすぎる。伊藤さんの Instagram もみてみてください。

Review by 加藤 淳也(PARK GALLERY)


【 ZINE について 】

作者が近所を散歩して目に入った景色の印象をスケッチしたイラストレーション集。

価格:¥660(税込)
ページ数:20P
サイズ:128 × 182mm



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作家名:伊藤健介 『世田谷区』 (東京都世田谷区)

2013年よりフリーランスとして活動。風景、人物、タイポグラフィが得意。将棋と読書が好きです。

https://www.instagram.com/punchout
https://twitter.com/punchout69

【 街の魅力 】
交通の弁がいい。素晴らしい公園が多い。おいしいご飯屋さんがたくさんある。
【 街のオススメ 】
① ハラカラ ... ここでしか味わえないハンバーガーがある。
② 来来来 ... たぶん長崎ちゃんぽんの東京 No.1


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