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issue 20 「水も滴るジャズ男、チェット・ベイカー」 by ivy

台風が過ぎて、気温もすっかり下がって、スーパーに梨が並んで。もう秋だね。昼間はまだまだ暑い日もあるけれど、夜の帰り道が快適になった。雨の降らない日はわざとちょっとばかり回り道をしたり、一つ前の駅で降りたりするんだ。

さて、そんな雨上がりの夜空に見守られながら、一人軽やかに歩く時、ふと恋しくなった。ジャズ界きっての色男、チェット・ベイカーの歌声を。

若かりし日のチェットは、白ティーとデニムに髪はリーゼント、というラフな出で立ちにトランペットを持つ姿がジェームズ・ディーンを思わせる。どことなく不良っぽくてキザで、それが堪らなくかっこいい。

歌声はどことなく中性的で、でも透き通るような美声、とは違う。とろけるような色気があるというか。敢えて例えるなら、葉巻の煙みたいな、掴みどころのなさに惹き込まれてしまう、ある種の危うさを常に纏っている。

トランペット奏者にしてシンガー。聴くと不思議なことに、トランペットの音色と歌声と、その佇まい、どれにおいてもその魅力が共通している。脆さ、繊細さ、危なっかしさ、色っぽさ。どれも明確にこれ、といえるようなはっきりとしたものではないのだけれど、何気なく流していたらその虜に
なってしまう。そんな具合だ。

チェットが活躍していたのは、1950年代初頭から半ば。すい星のごとく現れ、スターダムを駆け上がり、その甘いマスクも相まってたちまち全米を熱狂の渦に巻き込んだチェット。しかし、短い華やかな時代の後は、坂を転げ落ちるように破滅へと向かっていく。

元々ドラッグへの依存を抱えていたチェットは、当局の手を逃れて各地を放浪、イタリアで逮捕され、投獄された挙句、出所後は暴力沙汰に巻き込まれて負傷しトランペットが吹けなくなってしまう。やがて生活保護を受けるまでに困窮し、音楽活動を事実上の引退に追い込まれる。晩年、怪我を治療し、復活を果たすも、58歳でホテルの窓から転落死。風に吹かれた煙のように、突然姿を消してしまった。

IVYLOOK_チェット・ベイカー


とてもじゃないが幸福な人生とはいえないし、できることなら未来の私にも、周りの人にもそういう人生を歩んで欲しくない。ただ、チェット・ベイカーというミュージシャンにとって、波乱に満ちた人生とその危うい魅力がシンクロして映ることもまた事実。楽譜が殆ど読めず、感覚的な演奏でファ
ンを魅了したその姿も、ジャズマンというよりロックンローラーのような佇まいも、物語の主人公としてとびきり愛おしくて、踏んだり蹴ったりな後半生すらどうにも憎み切れない。

さて、チェットのアルバムは、そんな彼自身の物語を追っているようで、ついつい聴き込みたくなる。目まぐるしく変わる秋空のように、移ろいゆく不安定なチェット自身に思いを馳せる。

涼しくなったり、暑くなったり、雨が降ったり、カンカンに晴れたり。それでも、雨に濡れて輝く夜の街が、色男のチェットにはよく似合うんだ。

9月、秋の初め、また彼の声が聴きたい。


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ivy(アイビー)
会社員で物書き、サブカルクソメガネ。
自己満 ZINE 製作や某 WEB メディアでのライターとしても活動。
創り手と語り手、受け手の壁をなくし、ご近所付き合いのように交流するイベント「NEIGHBORS」主催。
日々出会ったヒト・モノ・コトが持つ意味やその物語を勝手に紐解いて、タラタラと書いています。日常の中の非日常、私にとっての非常識が常識の世界、そんな出会いが溢れる毎日に、乾杯ッ!
https://www.instagram.com/ivy.bayside​

イラスト:あんずひつじ


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