あの頃の自分をバイト代と少々の自由、そしてこの文章で慰めたい
生まれ変わってもまた同じ両親の元に生まれたいかと聞かれたら、答えはNOだ
大切にされている実感があるし、今日まで何不自由なく生活してくることができたし、何より大好き。とてもとても感謝している
けれどどうしても過去にもやもやしたことが残っているのである
家族で旅行に行ったことがないこと
高校生になるまでスマホを買ってもらえなかったこと
進路選択をかなり狭められたこと
など
家庭の事情、仕方のないこと、しょうもないことと言われたらそれまでなのだけど
私は中学校の修学旅行が初めての飛行機デビューだったのだけど、周りの子に驚かれた
よくよく考えたら道内ですら泊まりで出かけたことはなくて、なんだか寂しかった
クラスの八割がスマホを持つ中で生活するのはなかなか苦しいものだった。
自分の知らないところで話が進み、遊びに行った時には気をつかわれ、気をつかい、疎外感を感じた。
場所と種類の指定をされ、進路の選択肢がほぼなかった
結局落ちたら私大なのだからはじめから行く選択肢があっても良くない?心配だからとか言って道外で生活させてあげるお金がないだけなのだと、私は知ってるよ。
はじめからそう言ってほしい
こんなモヤモヤはちっぽけで
幸せが成り立っている上での贅沢な我儘なのだとわかっている
着るもの、食べるもの、住むところ、生活に困ったことは今までで一度もない
世間的には一般的、それ以上に裕福な生活なのかもしれない
けれど、その当時は学校やその中のコミュニティが全てだった
その小さな世界で浮いてしまったり、惨めな思いをしていたことをあなたたちは知っていたのかな
その縛りはあなたたちのせいなのに、訳を聞いても取り合うこともなく適当に流してさ
謝ってほしいわけではなく、納得できる理由が欲しかった
それがなかったから今でももやもやしているのだろう
大学生になった今
自らのバイト代で旅行に行きスマホを購入し
自らの意思で場所を優先し就職活動をしている
自ら、あの頃の自分を慰めている
もうだいぶん自由になったよと
今、もう一度言ったとてすでに終わったことなので、両親にこの思いを伝えることはないだろう
だけど、その小さな世界で苦しくも生き延びた自分が救われないので、ここに記すこととする
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