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お57話・女の子におんぶしてもらいたい男子~芸術の心を模索する女性に溶けるおんぶ

 美術館女性案内員さんとボクのやり取りを、かかわりのない他人のごとく遠目に見ていたアツコは、美術館を出てから、ボクのところに合流してきて
「あんな細い女性によく、クロって乗っちゃうもんだよね。あの女の人、すごく大変そうだったよ」と。
「芸術作品としては、どうだった?  細い上品なハイヒール女性が、ボクのようなダメ男をツラそうにおんぶして歩いてる、という作品を芸術の目で見て・・・」
 それに対してアツコは
「正直な感想として、ハイヒールでおんぶしてる女性、美しいって感じたわ」
「でしょ? でも、そこじゃないんだよ、芸術的に大事なポイントは・・」
 あの案内員の女性は、70キロのボクをおんぶして歩くという大変なことをさせられてて、その彼女の上に乗ってるボクは悦楽の境地。体を密着し合ってる2人の男女の心が、こんなに天国と地獄のように相反するのにおんぶという一体化をしてて、この心のギャップこそが、芸術家魂を揺さぶるんではないかと。
 彼女がボクをおんぶして歩いて、ハイヒールのコツーンという音に感じてしまうのは、「ハイヒールで、キツいだろうな」ということを感じるからであって、ボクを支えてくれてる華奢な女性の心を想像するから感じるわけで、この「心を感じる」ってところが、芸術の心の発火点なんじゃないかな。
 おんぶして歩いてもらうと、女の子にとっては大変な重労働なんで汗が出ちゃう。この汗が、上に乗ってるボクとしては愛おしい。ボクをおんぶして女の子がかいた汗はボクが全身で吸い取りたいとおもうくらい愛おしい。だから女の子の汗の一粒一粒や、ジワっとした湿り具合こそ芸術なんだよ、作品なんだよ。
 こういった心の部分は、アツコは、ボクをおんぶして歩いたこと何度もあるから、わかるんじゃないかと思って。
アツコは
「女にとって、男をおんぶして歩くって、そんな芸術の心を意識してられるほど、余裕のあることじゃないのよ。一歩一歩足を前に出すのに必死で、大変なのよ」
ボクは
「そんな大変なことしてればこそ、その心の部分を芸術作品にしないと」と言いながら「乗るよ」と言ってアツコの背中に飛び乗った。
「げげーっ、乗られちゃったよ、結局コレかよ、クロは・・」
「やったー、アツコちゃんのおんぶに今日も乗れたぁ、アツコの汗を感じたいよー。アツコは芸術の心を感じとれるといいね」
 アツコはいつもこんな感じで、乗ってしまえば歩いてくれる。にもかかわらず、先刻、美術館に入る直前に「今日はおんぶしないよ」と言われたことは、本気で、悲しかった。
「本気で悲しかったんだよ、アツコぉ・・、ひどいよ。だけど今、こうして、おんぶしてくれてるから、安堵感でうれしい。しないよ、と言われて一度悲しくなったあとのおんぶだけに、アツコの背中暖かく感じるよ。まつたくアツコは、ボクの心をもてあそぶのがうまい」
「私のほうが、もてあそばれて、こんな重労働させられるハメになってるような気もするんだけど・・」
「そんなことないよ、ボクの心はアツコに溶けちゃってる」

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