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2011年11月22日『覆面の思い』

【中井祐樹Diary on Facebook 2011-2013】
かつてFacebookにて投稿していたコラムをまとめた旧「ノート」機能の廃止により、こちらに復刻リンク致します。
のちの拙著『希望の格闘技』(2014年刊行)の原型ともなりました。

【10年前の11月22日のコラム】

 1980年(昭和55年)頃、デラプロこと「デラックスプロレス」誌にマスク(覆面)を作ろう! みたいな記事が載った。型紙が見開きで誌面に躍っていた。

 数年は眺めているだけだったが、ある日母に「マスク作って貰える?」と出来心で尋ねると、アッサリ「きれ(布のこと、北海道弁か)があればできるよ」とのこと。

 穴があき、穿けなくなったジャージの生地を利用して地の色が青、模様の部分が赤のマスクがかくして出来上がった。

 そのビジュアルが好きだった、ドス・カラスを意識しての希望の色合いだったのだが、デビル紫みたいになってしまった(失礼)。かっこいいとはお世辞にも言えなかったが、それでも十分嬉しかった。

 毎日毎日、暇さえあればマスクを被り、過ごした。それこそ寝る時も。タイガーマスク(佐山先生)が口の開いた食事用(?)のマスクを被っているのをその時点で知ってたから82年以降、つまりデラプロの記事初出より2年位経ってる計算になる。

 二重人格ごっこだ。数多いるマスクマンとか浜田省吾さんやタモリさんとか、逆に普段私生活で変装を余儀なくされる方々はどういう気持ちでいるんだろうな。知る由もないが。

 人が思いをカタチにするには親の有形無形の献身が重要なのだ、当たり前の話だが。

 あれから30年。サッカー少年3人を抱える身になって、マスクを作った側、嬉々としている僕を見ていた側の気持ちがやっと解るようになった。

 さりげない情が結局一番、心に沁みる。ご心配、かけました。

初出:2011年11月22日のウォール

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