野党ヒアリング

 野党ヒアリングがつらいのは、恫喝されることではない。極めてストレスフルで明らかに健康に悪いが、罵倒されても、恫喝されても、冷や汗をかきながら課長にバカになっていただければ時間が過ぎていく。いざ自分があのヒアリングの前面に立つのは想像もしたくないが、1時間~2時間、貝になるつもりで既存のラインを答え続ける覚悟をもてば、いつかは終わるのである。そもそも、野党ヒアリングで情報を初出するというのは、理屈としてもサラリーマンとしてもありえない。国民の声を受けて恫喝される野党議員様より、もっと多くの国民の声を受けておられる議員様が我々の上にいる以上、どちらを優先するかは、民主主義の根幹にかかわることであるし、「いや我々は中立なので」とか言いつつ上司を笑顔で売るサラリーマンがいるわけない。原口一博先生が、「我々が政権をとればあなたたちには役所を去っていただく」と野党ヒアリングでおっしゃっていたが、あなたたちが政権をとればあなたたちを守る側に我々は立つわけで、先生のご発言は、身を挺して自分を守る人間を自分達は更迭すると言っているようなものである。おそらく政権を奪取されたのち、「いや我々は政治的中立の公務員ですから(きりっ)」と、選挙で国民の支持を得ることに失敗した自民党に対して政権の情報をぶちまけ続ければ、「いやこれは役人の鏡じゃないか、褒めてつかわす」とはならないだろう。予想に過ぎないが、確実に、「役人の矩をこえる行為だ」とそれこそ更迭するんじゃなかろうか。

 野党ヒアリングがつらいのは、野党ヒアリングを開かれる問題が、ただでさえ炎上真っ最中ということである。本当に正直ベースで言えば、日中の1、2時間、週に2~3日も課長とそのお付きを取られるのは、本当につらい。国会答弁だけじゃなくて、実務も回さなきゃならないのに、その実務の第一判断者の課長がいないと、本当に何も進まない。野党ヒアリングだけではなく、同時並行で、自民・公明両党の部会も当然のように開かれるし、自民・公明の部会では大量の宿題もでるし、翌日の国会は国会で当然回さなければならないし、そうであれば大臣レクがある課長は朝5時起きである。朝5時に起きる課長を終電まで拘束するわけにもいかず、10時くらいに帰ってもらわないと課長の体ももたないので、帰ってきた瞬間に大量の案件をあげることになる。こうなると課長のスケジュールは本当に殺人的で、

「朝5時起き→6時出社、大臣レク→そのまま8時から国会→国会陪席14時まで→15時から野党ヒア→17時に戻ると同時に本来業務、局議等、20時まで→翌日の国会答弁確認22時まで→急いで帰宅、翌日に備えて就寝(それでも時々国会関係で電話でたたき起こす)」

というのを平日5日繰り返すことになる。課長に寝ていただくのは、課長が歳だからとかではなくて(たしかに最近は50歳くらいでも第一線の課長だが)、国会陪席中に居眠りでもされたら審議が飛びかねないので、とにかく5時間は寝ていただく必要があるためである。それでも、やむを得ず就寝中にたたき起こすこともある。

 「官僚」といえば、いつもいつも若手がつらいだの、若手の待遇改善をなんて言われているが、自分の発言一つで部署どころか省全体が大炎上しかねないプレッシャーにさらされ続け、実務責任者としてあらゆる場の第一線に引きずり出される課長の辛さたるや、想像を絶するものがある。御年50歳にもなって、いまさら辞めるわけにも絶対にいかず、もし案件が爆発すれば、一日睡眠5時間とれれば御の字みたいな生活を国会会期中は続けなければならないなんて、これは控えめに言っても地獄である。基本的に出たがりで目立ちたがり屋で、クソみたいな労働環境の役所ににこやかに若者を勧誘しようとする幹部の事は心の底から軽蔑するが、こういうつらいポジションを経験されている課長は、尊敬はできないが、本当に可哀そうだと思う。世間の同情も寄せらず、いつも悪者扱い、それでいて仕事の量とプレッシャーは殺人的、いくら年1000万もらっているとはいえ、辛さは若手の比じゃない。そんな立場のある課長は、当然野党ヒアリングでも安易なことは何も言えず、傍から見ればいかにも無能な役人に映らざるを得ず、結果として顔をおもいっきりYoutubeやお昼の特番でさらされながら、公衆の面前で反論も許されずにボコボコにされるのである。あまりにも酷じゃないだろうか。それは、「役人なんだから」甘受すべき扱いなのだろうか。

 民主主義とは、国民の支持が多い政治家が権力を握る仕組みであると理解している。案件ごとに選挙をやるわけではない以上、案件ごとに、「国民の負託にこたえるべき」と、例えば桜を見る会等、権力を握られている人の弱みとなりうる情報を出せと役人に迫るのは、本当に民主主義なのだろうか。行政の監視機能は、役人による情報の横流し、要は自供によるものではなく、立法府の国政調査権に基づき、強制的に調査すべきことなのではないだろうか。「情報を自供する」という選択権がない役人に、「情報をだせ、上司を売れ、それが国民の声だ、お前たちは役人のクズだ、俺が政権取ったらクビだ」と声を荒げて迫り、物理的に課長を睡眠不足に追い込んで失言を狙うのは、民主主義というきれいな皮をかぶって、やっていることは拷問そのものである。

 そして、大変恐縮であるが、役人だって人の子、国民の負託に全力でお答え申し上げんとする野党の先生方より、当然、目の前で死にそうになりながら「お前体調は大丈夫か」と聞いてくれる課長にシンパシーを感じるし、自分を重ねる。飲み会で「子供が大学に受かったんだよー」と嬉しそうに語っていた課長のくたびれた姿をみて悲しくならないわけがない。そして人はおそらく最も理不尽を許せない生き物であり、また厄介なことに、何十年も先の未来を想像することもできてしまう。結果は明らかである。課長に強い同情心を抱き、また、その課長の姿に強い恐怖心と忌避感を抱いた若手は、とにかく「こうはなりたくない、こういう生き方はしたくない」と思う。くたびれた課長の姿は、若手を、特に課長に近い若手補佐年次をどんどん辞めさせるのである。