え?378時間の残業ですか?

こんなこと主意書で聞かないでくれよ、と思いつつ、ちゃんと調べて答弁した結果、「378時間の残業」という、にわかに信じがたい報道が出ている。

コロナ室なのでさもありなんだが、おそらくこの378時間は在庁時間であり、労働時間ではない。もちろん、「いなければならない」ので、たとえ寝ていようと飯食ってようと、帰る許可がない以上は残業代は全額支払われるべきだ。ただ、一応言っておこうかなと思っただけである。

おそらく、この378時間の残業の主は、局の総括補佐である。一口で局といっても、100人以上の大組織なので、その局の所掌に関することを誰に聞けばいいのか、同じ役人でもよくわからない。だから、各局に一人、かならず「総括補佐」というのがいて、彼らが局の(偉い人の)窓口を担うのである。

どの局にも「総務課」や「政策課」といわれる筆頭課があって、その筆頭課が窓口を担うのだが、たとえば大臣室や次官室等の上級室からの問い合わせ、あるいは至急・緊急の対応等が求められる場合は、総務課の窓口(大体1年生)等もちろん通してられないので、こういう緊急に対応できる調整役が必要である。それが「総括補佐」と言われる役職で、大体企画官手前の40歳前後で就任する。

「総括補佐」は外部からの問い合わせの窓口になるだけでなく、局の答弁の品質管理(つまりすべての答弁をチェックする)、各課間の調整、局の情報の集積と幹部への報告等、とにかく内と外それぞれの接点である。イメージは「ハブ空港」に近いのだが、情報の集積や意思決定の効率化のために、一度ほぼすべての案件を「総括補佐」を経由させるのである。

この仕事の特性上、「何かあった時のために席にいることが仕事」といわれるほど、職場にいなければならない。例えば、朝、とにかく爆弾みたいな記事が掲載されれば、総括補佐がまず調整(大臣室への連絡、レク者の時間の確保、幹部への連絡、所掌する課への連絡、想定作成の指示等)し、案件を動かさなければならない。その後、できた想定をみて、大体出来が悪いので直させて、いったん一息つく。

その後、不断にくる電話とメールを必要なところにつなぎつつ、ときには自分で答えつつしていると、段々国会の連絡が増えてくる。答弁はすべからく総括補佐がチェックするので、全ての答弁が出来上がるまでは当然待機。国会開会中は、平時であっても、半分くらいは必然的にタクシーになる。

多くの総務課において、もっとも残業時間が長いのはこの「筆頭補佐」であり、係員とか係長ではない。40歳にもなって、ヘロヘロになりながら仕事をし、有給なんて夏休みにしかとれない、コロナなどない平時であっても毎年の光景であり、そんな生活を間近で見せつけられる係長や係員にとって、「総括補佐」は、その存在自体が、将来への恐怖そのものである。実際、こういう「総括補佐」の働き方をみて、将来に絶望して辞めていく若手も多い。

とはいえ、月378時間というのは流石に常軌を逸している。総括補佐だって、土日の半分くらいは休めるので、残業時間は予算委開催中であっても、大体150~200時間弱である。そうみると、378時間は、毎年新人を辞めさせるレベルで疲弊している総括補佐の残業時間の2倍近い水準であり、流石にひどすぎる。

もちろん、378時間常に働いているわけではない。とにかく「職場にいなければならない」ものの、答弁を見る合間合間の隙間時間はあるので、おそらくちょくちょくデスクの椅子で寝ているのだろう。ただ、私も経験はあるが、デスクで寝ても寝た気がしない。なんというか、より疲れた感じがする。いつ電話がかかってくるか分からないので気は休まらないし、土日も休める見通しがないのは、希望がない。この生活を一ヵ月は、ほとんど拷問に近い。懲役よりひどい。

たぶん、不足する睡眠時間は、合間合間の居眠りと帰りのタクシーで補っているのだろう。もうこのレベルになると行きの電車に乗るのも疲れるし気持ち悪いので、タクシーで出勤してるんじゃないかな。そういえば、昔の上司が疲弊していたときに、そんなことをしていたと聞いた記憶がある、、

厄介なのが、この総括補佐、各局に1人必要なので、余剰戦力がいないのである。つまり、もう1人増やすことができない。しかも、もっと根本的な問題として、情報の集約化と窓口の一本化で効率性を実現しているのに、ハブをもう一つ増やすと、情報の錯そうと業務の混乱を招く可能性が高い。「総括補佐」は、一人であるからこそ、全ての局の情報が彼らに集まり、だからこそ、彼らは常に局の状況を把握し続けることができ、それが故に、混乱なく、局として統一的な対応を取り続けることが出来るのである。

378時間には恐れ入ったが、まぁ、森友問題の時の財務省の理財局も、統計問題の時の厚労省の統計部門も、総括補佐は300時間くらい残業していただろう。これまでは、「うわぁ」というドン引きとともに内部の職員だけの内輪話で終わっていたのが、主意書という形であるのが極めて不本意(主意書は本当に作るのが手間である)ではあるものの、このように表に出るようになったのは、世の中の見方がまた変わった証左なのかな、とも思う。

この総括補佐制度をなくすことはおそらく出来ないので、国会業務が存在する以上、おそらくこの総括補佐の「常軌を逸した」残業時間は改善されないだろう。彼らにとって、これが課長になるための登竜門なのである。通常2年、下手すると3年、総括補佐を務めあげれば企画官になり、無事国会業務から解放される(と思ったら大臣秘書官になってよりプライバシーを失う、なんてことも多いけど)。

役人は、課長になるために20年近くも下積みをするので、辛い辛い総括補佐は、その下積みの最終試験みたいなものである。ただ、そうは言っても、2年近く、プライバシーが完全に崩壊した働き方を強いるのは、もういい加減、若者の士気を著しく下げる観点からも、そろそろ何かしら変わってほしいとは思う。もちろん、理屈でいえば変わるわけないのだが。40歳くらいだと、まだ子供も下手したら幼稚園で、パパが死んじゃうんじゃないかって、子供に泣かれるなんて話もよく聞く。まぁ、死んだ話は聞いたことないので、さすがに死なないとは思うけど、課長になんかなれなくていいから、総括補佐やりたくないなぁ、とは強く思うのである。