BUMPの『邂逅』

すごい歌に出会った……。
同じ状況になっても自分にはこんな歌詞が生み出せることはないと思う。

この歌の何がどうすごいのかを言葉にしたいので、作者でもないのに偉そうに作者の気持ちを考えてみることにした。

この歌はまず、邂逅とは真逆の別離がテーマになっている。
別れ、おそらく死に別れだろうと思う。

Aメロ〜Bメロ

夜に塗られた水面に
月が引いた白銀の道


この情景が後からすごく効いてくる。
が、今はまだ触れない。

いつかこの足で渡っていく

当たり前のことだがこの道は水面に映った月で、渡れるわけがない。

必ずもう一度逢える

会えない。もう一度はない。
月の道を渡ることも会えることも現実にはありえない。幻想に過ぎない。
分かってはいる…。
分かってはいるんだが…。

何も拾わない耳の奥
未だ残る声の火の粉
忘れきれない熱を帯びて
只々(ただただ)今を静かに焦がす

誰にも懐かない
静寂のけだもの
その縄張りの中
息をするだけのかたまり

この「静寂の中」がキツい…。

大切な人を失った喪失感から何もかもを拾えなくなってしまった感覚。
どこか上の空のような感覚。
今まであった音や声を拾わない耳。
今まであった音や声がなくなってしまった現実の喪失感。

その奥に残る大切な人の声。
その声が火の粉となって今を焦がす。

耳が何も拾わないのは大切な人の声を思い出し続けているからなのか。

その声が今を焦がす。

BUMPの今までの歌詞なら、いなくなったもの、思い出は温かいものだった。
喪失感は大切な君がくれたものだった。
この歌詞では今を「焦がす」。
明らかに肯定的ではない喪失感に今の自分が苦しんでいる。
過去の火の粉で今を少しずつ失っている。
この深い悲しみがとても……。

余談だが人が人を亡くした時は声から忘れていく。
そして思い出す時は声を思い出す。
話してくれた言葉を思い出として忘れないでいたくなるものだと思う。

そしてこの静寂は、あなたがくれた寂しさではなく、前向きに選んだ別々の道でもなく、私を苦しめる、友達ではない、「誰にも懐かないけだもの」だ。

心から、孤独と静寂をこんな表現にできないよ…。と思う。

このけだものの縄張りの中で、私は息をするだけのかたまりだ。
塞ぎ込んで声も発せず、何もできない。
膝を抱えて沈み切っていると思う。
泣くことすらできていない。
自分が人間ではなくなっていく感覚。
深い悲しみの中で、ものに近くなるあの感覚。
それを指して「かたまり」と言う。

この表現がつらい。
どうしても人の死を受け止めきれずに苦しんだ経験を思い出す。
受け止めるには重すぎる。
ただただ、言葉では足りない程の悲しみを、自分の感覚からどうにか表現されている。
受け止められない。

サビ(1番)

私を孤独にするのは何故
離れたとも思えないのは何故
あなたに穿たれた心の穴が
あなたのいない未来を生きろと謳う

涙を連れてはいけないなら
今だけ子供でいさせてほしい
夜明けが星空を迎えに来たら
私の過去が繋いだ未来を選ぶから

孤独に「された」感覚だ。
しかし離れたとも「思えない」。
ここにBUMPらしい、失った感覚、ゼロを与えられた感覚があるが、この歌はそれに止まらない。

あなたに穿たれた心の穴

私を孤独にするのは何故、もそうだが、
悲しみを与えてきた「あなた」を恨むような、そんな表現に見える。
もう届かない声なのに、なんでこんなに苦しい思いをさせるの?と、どうしても問いたくなるその気持ちが、「与えてくれた寂しさ」なんかで乗り越えられない、失ったばかりのえぐれた心の傷口を感じさせる。

しかしその傷は、
あなたのいない未来を生きろと謳う

もういないのだ。
受け止めろと。
ここからは「あなた」がいないのだと。

体の耳は何も拾わないのに、心の穴は生きろと謳う。

こんなに悲しい歌があるのか。

色々な悲しみを背負ってきた心は、その穿たれた心は、クレーターまみれの月に似ているのかもしれないと思う。

涙を連れては行けないなら今だけ子供でいさせてほしい

ずっと泣いてるわけにはいかない。
だから今だけは泣かせてほしい。と。
甘えさせてほしいと。

そして最後。

夜明けが星空を迎えに来たら
私の過去が繋いだ未来を選ぶから

この夜明けは、歌い出しの、暗い中で見ていた月が引いた白銀の道、その終わり。
現実への目覚め。
失ったことと向き合う時間の一旦の終わり。

その中で、私の過去が繋いだ未来を、あなたのいない未来をどう生きるかを、選ぶ。

涙にまみれていても、暗くても、選んでいる。
見なくてはいけない現実を直視している。
それが悲しい。
ここはサビのラストも下がり気味に終わり、ギターも暗めに入る。
これも後から効いてくる…。


2番、Aメロ

些細な風に目を閉じて
二度と夢から帰ってこない
泡沫の幾つ見送って
私はぼんやりここにいて

喪失だ。
ついつい思い出に浸るような現実逃避だ。

捨ててばかりの耳の奥
ちく、と痛い声の火の粉
微睡(まどろみ)かけた目を覚ますように
疲れた今を洗って笑う

拾わない、から、捨ててばかりになった耳。
自棄になっている。
それじゃダメだと思ったのか、それとも言われたことを思い出したのか。
思い出に浸る夢のような感覚から覚めて、疲れた今を、おそらく焦げて汚れている今を洗って笑う。

少しだけでも笑えている。
自嘲気味でも笑えない程沈んでいた1番からすると回復している。少しだけ。

Cメロ

そばにいて そばにいて
他人事のような朝の下
消えないで 消えないで
ここにいることを確かめて
そばにいて そばにいて
凍えそうな太陽の下
消さないで 抱きしめて

他人事のような、私の悲しみすら知らないような朝。
BUMPは『なないろ』なんかでもこういう表現をしている。
夜と悲しみがくっついていて、それをなかったかのように照らす太陽の残酷さ、世界の中のちっぽけな自分、どれだけ傷付こうとも変わらず回る世界を描く。
ここでは夜の悲しみの中、悲しみと共にであってもそばにいて欲しい、消えないで欲しいと言う、喪失感からの喪失が表れている。
当たり前だ。
受け止めきれるわけがない別れの重荷を現実は断ち切る。
本来明るく暖かいはずの太陽も、それより暖かい思い出を、声の火の粉を、月が引いた白銀の道を、断ち切る現実の無情な冷たさを持った凍える存在になる。
悲しみに浸らせてばかりではいけないのがわかっていたとしても、それでも浸らずにはいられない。
断ち切られたくない。


Cメロ終わりに入る息はなんだろう。
自分が感じたのは焦燥感だった。
このままでは現実に追われて消えてしまうという焦燥感。
皮肉にもそれがあなたのいない未来を生きるための呼吸でもある。
そういったものを感じた。


2番、Bメロ

嘲るように唸る
静寂のけだもの
命は譲らずに
息をするだけのかたまり

静寂というけだものはずっと友達でも懐いてもくれない。
それどころか嘲るように唸る。
この静寂に、なんでまだ生きてる?と嘲られている、そんな感覚がある。
そのけだものに、命は譲らずに息をするだけの私。
わずかでも確実に静寂ではない私。
決して味方ではない静寂に沈みこみ、命を諦めてしまうことはなく、息をするだけのかたまり。
諦めていないだけでも生きることを選んでいるが、前向きに悲しみを背負って生きることを選んでいるわけでもない、息をするだけの、生きているだけのかたまり。

ラスサビ〜Cメロ

もう一度逢えたら伝えたい
「ありがとう」が生まれた意味はどこ
さよなら その先に揺れるこの道
あなたのいない未来に探せと謳う

私を孤独にするのは何故
離れたとも思えないのは何故
夜明けが星空を迎えに来たら
私の過去が繋いだ未来を選ぶから

涙はついてきてくれるから
死ぬまで埋まらない心の穴が
あなたのいない未来を生きろと
そう謳う


ここを聞くと何度でも涙が出る。

もう一度逢えることなどない。
何度思っても会えるわけがない。
そんなあなたに、「ありがとう」と感謝を伝えたい。
残された側が持つ死者への感謝。
あなたに穿たれた私が持つあなたへの感謝。
この気持ちが生まれた意味はどこかわからない。
でも何故か僕らは、いなくなった人にありがとうと思う。
喪失感を与えてきた相手に、喪失感を与えてくれた程の思い出を、有り難いと思う。

そして、

さよなら

と、喪失を受け止める。
そばにいて欲しかった、消えないでほしかった私が。
喪失の重荷を抱えたまま、未来に進むために。
水面に揺れる月の道を、あなたのいない未来に探せと、心の穴が謳う。

夜明けが表す幻想的な星空を、太陽という現実が迎えに来たら、今度は未来を選ぶ。

この今度は、涙を連れて行こうとしていた過去ではなく、涙がついてきてくれる今である。
離れられない涙ではなく、共にある悲しみである。
あなたに穿たれた心の穴を抱えたままの私ではなく、その傷が死ぬまで埋まることがないことを受け止めた私である。
恨んで終わるような穿たれたという意識ではなく、死ぬまで傷を忘れない、あなたとあなたに穿たれた傷を愛し続ける私である。

前を向いたのではなく、乗り越えたのではなく、喪失と共にあり続ける。
その己を、あなたのいない未来を受け止めた姿が、生きろと謳う心への応答である。

現実という太陽に照らされた、傷だらけの心という月。そこから水面に伸びた未来への不確かな道。
それは私の過去が繋いだ未来への道である。

なんて美しい詩なんだろう。
なんて、優しい歌なんだろう。

サビのラストは、1番のサビと同じ歌詞でありつつ、暗くではなく高く歌い上げる。
死ぬまで重荷を抱えつづける決意もあるだろう。
それでもやっぱり、どうしても悲しい、喪失感の慟哭であるようにも思える。


そばにいて そばにいて
他人事のような朝の下
消えないで 消えないで
ここにいる事を確かめて
そばにいて そばにいて
凍えそうな太陽の下
消さないで抱きしめて
いつかこの足で渡っていく
必ずもう一度逢える

この部分。
一度目は追われるような不安な曲と焦燥感の中歌われていたが、最後は歌い方が違う。

デジタル感。こうした理由も考えたい。
縋るような歌詞で、一度目は生々しい不安定な感情に人間味があったが、二度目はそうではない。

これは、他人事の演出なのかもしれないと考えた。
あるいは、物語のエピローグか。
私とあなたの喪失の物語は、私が受け止めて先に進んでいく。
いくらそれを歌ったところで、歌を聞く側には他人事である。

どこかへ向かうパレードも
誰かの歌う声も
僕らにはひとつも関係ないもの

Small worldのように、私のその後は、僕らには関係がない。
あるいはEver lasting lieのように、人がただ必死に生きた物語であって、悲劇であるとかそういう話ではない。
だから、これは物語の最後のエピローグだと思う。

いつかこの足で渡っていく
必ずもう一度逢える

私のその後は、誰も知らなくていい。
聞く僕ら側が何を思っても、私は必ずもう一度逢えると思い生きていく。
それが幻想だと知っていても、いつか、この足で渡っていく。
必ず、もう一度逢える。
それでいいと思う。
過去の邂逅や別離ではなく、この先のいつかの邂逅を願う歌でいい。
だから、この終わりでいい。


長々と書いた。
満足した。
本当に、いい歌だった。
意味を考えると涙が出る。
すごい詩だった。
すごい歌だった。
パレードに近いが、見ている部分でこんなに印象が変わる歌ができるのか。
表現もよかったなぁ〜。
SOUVENIRみたいなタイプの歌詞だけど、こういう表現に磨きがかかってる。
1番がすごすぎる。
僕は、静寂のけだものの縄張りのなかで息をするだけのかたまり、という表現に感動して、少しでもこの凄さを言葉にしたいと思った。
すっごいわ。原稿用紙12枚分。
重厚すぎる。
いい歌だった。

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