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『スキャンダル』/あなたは彼女たちと手をつなげますか?

※この文章はネタバレに全く配慮しておりません。どうぞ本編を見てからお読みになってください。

“Fox News star Gretchen Carlson dropped a major bombshell(「Foxニュース 人気キャスター、グレッチェン・カールソンが強力な一撃を食らわせました」).”
映画『スキャンダル』作中で、実在の人気キャスター グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)がFoxニュースとそのCEOロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで訴訟したニュースはこのように報じられた。Bombshell―――原題にもなっているこの言葉は、美人女優リタ・ヘイウォースの姿が第二次世界大戦中使用された原子爆弾の側面に描かれたことから、見たものにダメージを与えるまでの女性美を表現する言葉として用いられるようになった。その言葉通り、保守メディアの牙城であるFoxニュースの女性キャスターたちは、いわゆるHot chickと言われる、セクシーな美女ばかりだ。そのほとんどがブロンドで青い目の白人である。この作品でFoxニュースキャスターを演じた女優たちが、旧英国植民地であるオーストラリアや南アメリカ共和国出身なのは興味深い。いわゆる白人らしい白人である容姿の役者がアメリカやイギリス出身者からは目に見えて少なくなってきている。多様性が広がり、人種の垣根を超えて築かれた家庭がどんどん増えている国で失われつつある価値観をFoxニュースは高々と掲げるメディアなのだ。

 しかし国際的にその報道が流される大手メディアの多くはNBC、CNN、CBSとリベラルで、保守メディアといえば良くてウォールストリート・ジャーナルくらいであろう。そのためこの作品を見た方の多くがFoxニュースや実在のキャスターたちの名前に馴染みがないと思われる。Foxニュースが共和党政権を支持してきた歴史は長いがそれが最も露骨になったのはジョージ・W・ブッシュ時代だ。特に2000年の大統領選では、フロリダ州の投票結果をまだ開票途中で他局が報じない中、Foxがブッシュの勝利といち早く報道し、民主党の対立候補ゴア側が開票のやり直しを要求した事態が起こった。数時間後にFoxはその報道を撤回したものの、ブッシュ勝利の印象が強まりその後の投票に大きな影響を与えた。ロジャー・エイルズはブッシュの従兄弟のジョン・エリスを政治評論家として採用していたが、彼を通じ得られた投票結果をブッシュ側に報告し関係を密にしていたのは事実である。
 まさにFoxニュースは共和党のプロパガンダ放送局であったのだ。その後もブッシュのイラク戦争を正当化する報道を繰り返し、その支持母体であるキリスト教原理派の言い分を垂れ流して中東移民をテロリスト呼ばわりし、ヒスパニックや同性愛者、女性の権利を矮小化し、子どもたちへの性教育の代わりに純潔教育を推し進め、進化論や気候変動を否定し続けてきた。それがゼロ年代のFoxニュースの姿である。

 であるから初めてメギン・ケリー(シャーリーズ・セロン)の存在を知ったとき私は大きな衝撃を受けた。彼女は共和党大統領予備選に立ったトランプに共和党大会の場で、モダレーターとしてそのひどい女性蔑視を痛烈に批判したのである。確かにトランプは当時、泡沫候補の一人にすぎなかったが、共和党の犬のようにふるまってきたFoxニュースの女性キャスターが共和党大統領候補の一人に敢然と立ち向かう姿はそれだけで多くの人の注目を浴び、SNSでも盛んに話題になった。自分が好きなように使えるモノとしかみなさない女性から容赦ない批判を浴びせられ頭に血が上ったトランプは「あの日、彼女のどこからか血でも溢れてたんじゃないか」と彼女の批判をまさに体現するような発言をする。ミソジニーの権化、下卑たマチズモのゲス野郎をぶちのめしたのはダイアン・ソウヤーでもケイティ・クーリックでもなく、その数年前に「黒人のサンタなんていない、そもそもジーザスは白人です」と発言した(のちに謝罪)保守主義女性だったのだ。そして彼女はしばらくして、いちケーブル局にすぎないFoxを去り、全米最大のネットワーク局であるNBCに引き抜かれなんと看板番組まで持った。共和党政権維持のためなら偏向報道も辞さないFoxからまともなメジャーネットワークに大出世するキャスターが生まれたことだけでも私には大きな驚きだった。作中でスタッフのジェス(ケイト・マッキノン)が「一度Foxに勤めていたら他局に転職は難しい」と発言していたように、国内でFoxニュースはある意味イロモノ的な扱いでありまともな報道局とはみなされてはいないのだ。

 また先陣を切ってロジャー・エイルズを訴訟し、他の被害女性たちに勇気を与えたグレッチェン・カールソンも、過去にネブラスカの公立校のトランス・ジェンダーやジェンダー・フルイドの生徒たちへの包摂的な取り組みを指して「女性への性的差別を差し置いた政治活動だ」と非難し、校内でジェンダー的言葉遣いが禁止されているとの誤った情報を報じ、「ごく少数のいるかいないかわからないカテゴリーの人のために、思春期前の子どもたちを混乱させてはいけない」と発言している。さらに、2008年の大統領選で民主党代表のバラク・オバマのことを「ムスリムではないと言われているけど、ミドルネームのフセインをあえて言おうとしないのは彼がムスリムだからだ」とこれも誤った情報を伝えた。オバマは合衆国生まれのクリスチャンである。

 以上からもおわかりのように、この映画『スキャンダル』の、Foxニュースで働く主要女性キャラクターたちは大きな矛盾を抱えている。これも性差別被害者となる架空の登場人物カイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)はオフィスで民主党副大統領のジョン・バイデンを嘲笑していたが、バイデンは上院議員時代から女性への犯罪問題に熱心に取り組んでおり、90年には州を超えて行われたDV、ストーキング、性犯罪累犯者を連邦犯罪とした対女性暴力法を法制化し、副大統領時代もカレッジレイプを初めとする反レイプカルチャー運動に先頭を切って携わっていた。https://twitter.com/i/events/926861082831994880?s=13

 しかしその尽力に対しても保守主義の女性たちはいかにもなリベラル仕草とこれまで一笑に付してきたのだ。この作品の感想に「性差別を告発する女性たちも決して正しくないことがリアルであった」というものを散見したが、「正しくない」というよりも、はっきりと差別解消運動を阻害してきた人たちと言っても過言ではないのだ。今までFoxニュースの報道を見てきた私には実際そうとしか思えないのである。

 2018年、メギン・ケリーはNBCの自身の看板番組で騒動を起こす。出演者のひとりがハロウィンにダイアナ・ロスの仮装をした白人セレブをブラックフェイス(非黒人が顔を黒く塗って黒人の仮装をすること)仮装だと批判したのに対して彼女は「なぜそれがいけないのかわからない。私が子どものころは好きなキャラクターであればどんな扮装をしてもよかった。」と語り共演者たちからも一斉に非難を浴びた。ブラックフェイスとは人種をキャラクターとして扱うことでマイノリティをモノ化する発想であり、それは奴隷制度と地続きなのである。その慣習をノスタルジックに振り返ることは奴隷制度をノスタルジックに振り返ることと同義であり、もっと言うと、女性をモノ化して扱う女性蔑視、性差別と根底を一にしているのだ。その数日後、NBCは彼女の番組を中止した。さらに降板決定後、NBCとの交渉にジェンダー問題の専門家やMeToo運動で有名なジャーナリストのローナン・ファーロウを伴おうと画策していた彼女の対応も批判の対象となった。以降、目立った露出もないままNBCと彼女の契約は2019年に終了した。しかし今年の1月、インタビューでのロバート・ダウニーJr.による『トロピック・サンダー』出演時のブラックフェイスについて後悔していないとの発言を引用して、メギンは「同じことを言ってもロバート・ダウニーJr.をユニバーサルスタジオは首にしない、私が言ったら(ユニバーサルスタジオと同資本である)NBCは私を首にしたけどね!」とツイート。ことの本質がわかっているのか疑問である。

 立場を超えた女性の連帯を描いたこの作品の背後にある現実は複雑である。そこまでこの映画が踏み込んで描けていたかというと私は懐疑的だ。シャーリーズ・セロンの演じるメギン・ケリーはこれらの報道を見てきた私の知っているメギン・ケリーとは全く違った人物であったし、上記のような言動をし、いまもそれについて謝罪しないグレッチェン・カールソンは全くの被害者としてしか描かれていなかった。唯一の希望が友人ジェスのセクシャリティを公にできないこの職場を辞めていったカイラという架空の人物であることは皮肉だ。自身の権利が奪われていることに気づいた人間が、他のマイノリティたちのそれをも尊重しようという姿勢を持とうとしないことにあなたは納得がいくだろうか。その葛藤を描くまでに至らなかったこの作品には大きな欠如があると私は考える。

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