ナイブズアウト見てきた

(明確なネタバレはないつもりですが、視聴後を強く強くお勧めします)

良作過ぎると逆に言いたい事は無くなるんだ、というのを久々に思い知ったほどの名作。古典すぎるミステリとは違う、でも屍人荘の殺人みたいに新しい発想に挑戦したわけでもない。どこまでも納得の王道を行く素晴らしすぎる名作でした。はー、そうだよ、見たかったのはこういうの!良作ミステリってこういうのだよ!

伏線のさり気なさと回収が鮮やか、お見事。ミステリ作品の楽しさは、「あー!あれってこういう意味だったのか!」っていう驚きが多いものほど優秀なイメージなので、余計。作者も手の内を晒しながら、いかにさり気なく種を仕込むかがポイント。アクロイド殺しとか、圧倒的に作者側が有利に立ちすぎている、いわゆる「こんなんわかるか!」みたいな作品も嫌いではないけど、ナイブズアウトは本当にこのバランスが上手かった。後半までコトコト煮込んだ仕込みを終章ですべて見せてくれる。終盤トリックの肝は推理でどうこうなるものじゃないけれど、それまでの色々を繋ぎ合わせれば決して見えない物ではない。作者、読者のフェアを重視したなかで、勝利をもぎ取っていく鮮やかさ。ううん凄い。

「私がルール、私の家、私のコーヒー」あのマグカップを持ってバルコニーに佇むマルタのカット、控えめに言っても最高でしたね。皮肉が利きすぎている。脚本も然ることながら、魅せ方がとにかくお上手。ほぼ館のシーン、屋内のシーンが多い中で全く飽きないのはカットの上手さがあるからだと思う。事情聴取の場面も1から10へ説明していくのではなく、とりあえずパズルのピースを与えて、視聴者に組み立てさせるような演出がワクワク感をより助長させてくれた印象。それなりに人数も居る中でこんがらがったりしないのは、殺害方法とか、動機とかに無駄な風呂敷を広げてないから。切り取るべきところと、描くべきところの取捨選択の賜。ミステリなのに説明的で退屈なシーンが無いって、やべー事なんですよ。恐ろしさすら感じる…。

「おもちゃと本物の区別がついていない」ランサムだからこそのラストシーンもキラリと光ってましたねえええ…!あーー、こういうことを最後にさらっと描いてくれるの本当に信用しかない。

フーダニットからのホワイダニット、そしてまたフーダニットへ。謎は間違いなく解けて行くのに、小さな蟠りは消えない。劇中でブラン探偵が言った通り、まさにドーナツ。中盤はコロンボ形式で、視聴者には犯人がわかっている状態で話が進むから、気楽に見れる。登場人物が首を傾げる理由に、クスリと笑える。慌てる犯人ににやにやと笑みが零れる。この辺りの緩急も飽きない理由だろうなぁ。本当に凄いとしかいえない。全編見どころだもの。

その気楽さが鳴りを潜める終盤。この移行もお見事だよなぁ。承→転の移り変わりが自然過ぎて怖い。躓いてこけた!じゃない。気づいたら落とし穴の底に居て、どうしたらいいんだ。という不安感。

語られる悲しさを交えた真実とすっきりと解ける謎。鑑賞後の余韻も実にクリアで、上質なミステリを見れたという満足しかありませんでした。ミステリ好きにも見て欲しいし、普段ミステリをあまり見ない人にもぜひ見て欲しい。万人に進められる名作。人生映画ランクでもトップ20には絶対入る傑作でした。

あと一つ。

ダニエル・クレイグのサスペンダーがさいっっっこうにかわいかったです(大声)