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次のこと

誰かに読まれたことがとても嬉しい。
その文にコメントをいただけたことも、感想を伝えていただけたことも、とても幸せな気持ち。
畏れ多いなぁと申しますか、照れくさい気持ち。
色々な気持ちが混ざって甘い味に近い気持ち。
ふとこれからどうしようかなと思った時に、ひとつテーマの様なものが出てきた。
『憧れの人に読んでいただきたい。』
そう思った。
私は書きたいだけで書いていたけれど、それは自分自身の中にある絡まったものを解くような作業に近くて、うまく言えないムズムズを一生懸命に掻こうとする行為にも似ている。
書くと掻く
日本語おもろい。意図せずにこういうことがあると嬉しくなる。

話を戻すと、自分のために書いていた。
もうひとつ。
父に文才がないと貶され続けた学生時代をやっつけるためだと思う。
これは、自身から自身外に書いたものをオープンにして相手に委ねる恐ろしい行為。
とても怖い。
でも近年それはできてきた。
普段は会社員としてビジネスにおける雛形を使用した文書を生成している。
これには尋ねられている質問に答えることと同じで、特に自己をぶつけるつもりもない。
むしろ、「よめよめ!ここに書いてあることこれでわかったか?」くらいの強気です。
こう書いておけば大丈夫っしょ
一年の半分近くはこの文の中に埋まってある種、ぬくぬくとしている。
一方、先にあるような己の中にある思想や嗜好がダダ漏れの文書の場合、ビジネスで培ったコミュニケーション能力とはチャンネルが違うため、つけてる衣服剥ぎ取られた気持ちで、歩きながら一枚一枚着ていくのがやっと。
コーディネートを考えるところまではまだまだ遠い。
憧れの人に会いたい時、きっと私は洒落ると思う。
間違ってもミニスカートは履かないし、サイズの合ったお気に入りの洋服を着ていくと思う。
そういうところまで文のスキルを磨けたなら、憧れの人に会いにいきたい。
できれば褒めてほしい。
それができるように、たくさん読んで書いて、書いたものを読んでもらってセンス良くなりたい。
次の目標
憧れの人に会える(選考してもらえる)場所(賞)がある
それを目指してまた、色々なものを書いていこうと思います。
あとどれくらいの時間があって、私はそれに間に合うのかわかりませんが、今はそれを目指したいと思います。
せっかくなので誓います。



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