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3月11日

「たいせつなものはね、目に見えないんだよ」

2011年の秋頃、私は東日本大震災で被災した写真を預かってきれいにして、修復をしておかえしするというプロジェクトのスタッフをさせてもらっていました。

何年もかかり何万枚という写真と向き合うことになるなど、その頃はまったく予想していませんでした。

作業はもちろんひとりではなく、
スタッフさんやボランティアさんといっしょでした。
現場に通ってくださる方々、オンラインでデータ修復をしてくださる方々。
先が見えないなかを、いっしょに歩んでくださいました。

特にオンラインでのご協力は、一度も顔を見てすらないのに、
あたたかく自分たちの時間を使ってくださる方々がいることに日々おどろきと感謝しかありませんでした。
なんて世の中ってやさしいんだろう。

現場で手伝ってくださるボランティアさんは学生さんが多いのですが、
年配の男性と女性がおひとりずつ、週に何度か通ってくださっていました。
阪神・淡路大震災の恩返しのお気持ちと言ってくださっていました。

いつものようにおしゃべりをしていたとき、その男性の方がふと、
「あのね、たいせつなものはね、目に見えないんだよ」と仰って。

最近それに気がついたんですよ、とうれしそうにお話ししてくださいました。

例えばいのちだったり、つながりだったり、やさしさだったり。
本当にたいせつなものはね、目に見えないんですよ。

私は心からその通りだなと思いつつ、
うん、知ってますという気持ちで感動していました。

うれしそうなお話がうれしかったし、
自分もそう思いますって心から共感できることもうれしかった。

たいせつなものはめにみえない
星の王子さまにも出てきますが、文章では知っていることも、
自分のなかにそれを映し出すことができて
はじめて、そのことばを体験する。

それは現実的にちょっとしたことかもしれないし、
とてつもないことかもしれないけれど
人によって感じ方もタイミングもちがうので
なんでもありです。

いつどの本を読んで、いつ感動してもいいです。
感動しなくてもそれでいいです。
自分で読んでみたということ。

それを伝えたいときに
伝える相手がいると、ちょっとうれしい。
わかりあえると、もうちょっとうれしい。

それを伝えるために自分のからだがあることも。

どんなプレゼントよりも言葉とか、体験とか
それが特別な贈りものだったりする。

いろんなことが変わっていくので
自分も変化しながら、自分の中にあるものを見つけて出して
たまに磨いたり、人に見せたり。

なんとなく、そういうこと。

そんなことを思いながら

当時いっしょに活動していた方と手を合わせた3月11日

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