地団駄踏みたい
最近娘が「地団駄を踏む」という言葉を覚えた、思い通りにならないとよく地団駄踏んでるよと指摘したら、なんかその表現が気に入ったらしくて、「地団駄、踏みたい~!」と言う。
「地団駄、踏みたい~!」とは、なんかそのまま歌詞になりそうだ。本当は「踏みたい」けれど「踏めない」状況があるということだ。
子供はいとも簡単に地団駄を踏む。大人になるとそうはいかない。歌詞にしたら
「Zi~~~~団駄!Zi、団駄!地団駄Fu・Mi・Ta・I!」
とかってサビだろうか。
調べてみたら、地団駄とは
「地踏鞴(じだたら)」が変化した語。 「踏鞴(たたら)」は、足で踏んで金属の精錬・加工に必要な空気を送り込む大型の送風器のこと。 激しく地面を踏み鳴らすさまが、踏鞴を踏むしぐさに似ていることから「地踏鞴(じだたら)」と言うようになり、「地団駄(じだんだ)」に転じた。
なるほど、「もののけ姫」で出てきた「たたら場」に語源があるのか!と、急に勉強になった。
そういや大人になると地団駄は踏まなくなる。思い通りに物事を押し通したいと思うことが少なくなるからだ。加えて思い通りになることの少なさに気付いてくるし、思い通りにならないことを深く考えることはしなくなる。
今でもヨドバシアキバのおもちゃ売り場とかに行けば、幼い子が床にあおむけになって「買って、買って~!」と、親を困らせたりしてるだろうか。欲しいおもちゃを前にして、地団駄を踏んでいるだろうか。地団駄踏むのは子供の特権か。地団駄踏めばどうにかなるって子もいるだろう。
地団駄、踏みたい!踏・ん・で・みたーい!
地団駄、踏みたい!踏・ん・で・みたーい!
いやほんと、それで思いが貫けるなら踏みたい。踏んでみたい。
(ひさとし)
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