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REVIVE  第十五章

第十五章 「失敗」を恐れない

前回までのお話


東京からの帰郷

東京から亀岡に戻った拓真は、希望と不安を抱え、美香との再会を楽しみにしていた。美術館で彼女にプロジェクトを相談し、アイデアをさらに深めるつもりだった。しかし、美香に会う直前から、彼の胸の内にはどこか落ち着かない感情が渦巻いていた。
 
「お帰りなさい、東京はどうだった?」美香は柔らかな笑顔で迎えてくれた。
 
「楽しかったよ。色々考えさせられる時間だった。」 

彼女は少し首を傾げ、からかうような声で言った。

「ふーん。で、誰か特別な人に会った?」
 
拓真は、一瞬で心臓が跳ね上がるのを感じた。まさか、ここまで直球で突っ込まれるとは思っていなかった。動揺を隠そうと口元を引き締めたが、その焦りが微妙に表情に出てしまう。
 
「い、いや、別に……ただの友達と会っただけだよ。」拓真は努めて平静を装おうとしたが、自分の声がほんの少し上ずっていることに気づいた。
 
美香は、彼の反応をじっくり観察するように一拍置いてから、目を細めて笑った。「ふふ、拓真って、嘘が下手だよね。」
 
「そ、そんなことないよ。」拓真は思わず声を上げたが、ますます墓穴を掘っている気がして冷や汗が滲んだ。
 
美香は楽しそうに肩をすくめて言った。「まあ、いいけどね。でも、もしその人に会って、何か気持ちが変わったなら、それはそれで良いことだと思うよ?」
 
その言葉に、拓真は一瞬返事ができず、微妙に言葉を飲み込んだ。彼女がどういうつもりで言ったのかが掴めないまま、胸の奥に小さな罪悪感が生まれる。そしてその一方で、美香の冗談めいた指摘が、彼女が自分に寄せている微かな好意の表れであることにも気づき、なぜか頬がさらに熱くなるのを感じた。
 
美香の視線に圧倒され、拓真は心の中で何度も「何か別の話題を出さなきゃ」と焦ったが、うまく切り出せない。
 
「ま、まあ、それよりちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」

ようやく話題を変えた拓真は、東京で思いついたクラフトビールとカフェのプロジェクトの話をし始めた。やっと落ち着きを取り戻した彼は、少しずつ自分の情熱を言葉に乗せ、美香に構想を伝えていくのだった。

地域の風土を詰め込んだビールの魅力

「東京で新しいアイデアが浮かんだんだ。亀岡のホップと麦芽を100%使ったクラフトビールを醸造したいと思ってる。それで……『霧のIPA』と『亀岡エール』を作るんだ。」
 
「霧のIPA」は、亀岡特有の湿度と霧が育むホップを使い、フルーティでまろやかな後味を持つビールに仕上げる構想だ。そして「亀岡エール」は、地元で育てた麦芽と亀岡の清らかな水を使い、まろやかでコクのある風味に仕立てる予定だ。
 
「100%地元産の素材って、すごく魅力的ね。」美香は目を輝かせた。「それって、ただのクラフトビールじゃなくて、亀岡そのものを味わえる飲み物になるわね。」
 
拓真も力強く頷いた。「そうなんだ。ブルワリーも、来た人がビールの仕込みを見学できるようにしたい。仕込みの香りが漂う中で、できたてのビールをテラスで楽しめる場所にするんだ。周りには亀岡の山並みと霧が広がっていて……フォトジェニックな空間にしたい。」
 

ブルワリー設計と想定する体験

ブルワリーは、大きなガラス窓から自然光が差し込み、銅製の仕込みタンクが映えるデザインを構想している。訪れた人たちはガラス越しにビールの醸造過程を見学し、その後、隣接するカフェで地元の食材を使った料理と一緒に楽しむ。
「例えば、亀岡産のチーズや野菜と合わせたペアリングメニューも用意するんだ。ビールが料理とどれだけ相性がいいかを体験してもらいたいんだよ。」
 
「そのコンセプト、絶対人気が出ると思う!」美香は興奮気味に言った。「地元の魅力を味覚と視覚で伝えるなんて、素晴らしいアイデアよ。」
 
現実の壁と資金調達の難しさ
 
拓真はさっそく工務店に見積もりを依頼し、数日後に届いた見積書を開いた瞬間、彼の胸は重くなった。
「5000万円……?」
 
ブルワリーの設備に3000万円、建物の改装に1200万円。月々の賃料と返済額を合わせると、かなりの金額になる。「こんな資金をどうやって調達すればいいんだ……」と拓真の胸に不安が押し寄せた。
 
銀行からの融資も考えたが、返済計画のプレッシャーは大きい。クラウドファンディングを試そうと思ったが、目標額を達成できる保証はない。

不安と挑戦する勇気

そんなある日、散歩に出かけた拓真は、またしても鶴見さんと偶然出会った。
「お前さん、また難しい顔をしてるな。何かあったか?」

拓真は、クラフトビールのプロジェクトが抱える現実的な問題――高額な資金と失敗への不安――をすべて打ち明けた。

「もし失敗したら、すべてが無駄になる気がして……。怖くて前に進めないんです。」

鶴見さんはしばらく黙ってから、穏やかな口調で尋ねた。
「拓真、お前さんにとって『失敗』って何だ?」

その問いに、拓真は一瞬答えに詰まった。
「計画がうまくいかなくて、借金だけが残ること……とか?」

鶴見さんは少し笑い、言った。
「じゃあ、計画通りにいかないことがすべて失敗だとしたら、この世に成功する人なんてほとんどおらんよ。」

拓真は黙り込んだ。何かを言い返そうとするが、適切な言葉が見つからない。

エフェクチュエーションと「レモネードの原理」

「エフェクチュエーションって聞いたことあるか?」鶴見さんは突然言った。
「未来を予測して計画するんじゃなく、手元にある材料から動き出す考え方だ。『レモネードの原理』って言うんだが、例えば予想外のトラブルが起きたら、その状況を活かして新しい価値を見つける、そんな発想だな。」

拓真は目を見開いた。「レモネード……?」
「そうだ。買ったレモンが酸っぱかったら、文句を言うんじゃなくて、レモネードを作るってことさ。失敗や予想外の出来事も、それをどう活かすか次第で新しい可能性に変えられる。」

鶴見さんは続けた。「お前さんの『霧のIPA』だって、最初は思ったような味にならないかもしれん。でも、それが逆に新しい人気商品になるかもしれんだろう?結果が計画通りでないことが、必ずしも失敗とは限らんのだ。」

その言葉に、拓真の心の中に小さな灯がともった。「もしかしたら、失敗を恐れすぎていたのかもしれない。計画通りにいかなくても、それを楽しむことができるなら、それ自体が価値になるのではないか……。」

挑戦への新たな覚悟

「だからな、拓真。恐れることなく動き出してみろ。困難が来たら、それを使って新しいレモネードを作ればいい。大事なのは、諦めずに続けることだ。」鶴見さんの言葉は、どっしりと重みがありながらも、不思議と心を軽くしてくれるものだった。

拓真は、もう一度プロジェクトを見つめ直し、具体的な行動計画を練り直す決意をした。クラウドファンディングを立ち上げ、地元農家や商店とも連携し、支援者に「霧のIPA」や「亀岡エール」を届けるリターンを用意することにした。

「挑戦しなければ何も始まらない。結果がどうなろうと、それが自分の道になる。」

その夜、拓真は美香にメッセージを送った。「プロジェクト、やることに決めたよ。失敗しても、そのときはそのときだ。」
「それでこそ、拓真だね。」美香からの返信には、信頼と期待が滲んでいた。

拓真はもう迷わなかった。たとえすべてが計画通りにいかなくても、それを糧に新しい可能性を見つけていく――そんな挑戦が、自分自身と地域を変える道になるのだと信じて。


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