見出し画像

ART BRUT TRIAL

駒ヶ根にある大きな施設の作品展を見てきました。
素敵な作品ばかりで、いい活動場所なのが伝わってきた。
ここは活動で選んで集まった人たちでは無く、
さまざまな理由で集まった方々に、より良い活動を提供する一つとして
行われている芸術活動。
ゴールはほぼ一緒なのだけど、組織の役割や規模的にも、スタートが大いに異なるこちらの施設。

セーフティネットであるが故の多様性があった。
まー、母体の性質が違い過ぎるから比べても仕方ないけど、
その中でクリアになることもあるわけです。
そして、これだけ違う組織だからこそ、共通点がおもしろかったりもする。

経費の取扱い方が、まず全然違うだろうな。
うちは創作活動費は自費としてはいるけれど、実際は徴収せず
販売用の作品の材料費にしている。
活動によって自費負担を決める日も来るかもしれないけれど、
今の段階で純粋な創作活動費をもらうのはまだそこまで体制も整っていないようにも改めて思う。
あと、経済力で活動の選択肢に差が出るのもなあ。。
あちらの方々こそ、障がい年金で入所費用もまかなっているだろうけれど
ご家族が手が離れている分、施設がまかなう部分として活動費用をいただくのも妥当とも思う。

それにね、、大人になってお金を稼ぐことが相当難しい方達に負担させるなら
相当のもの提供できないとなあ。
そして、お志でなんとかできる仕組みは可能性が大いにあるように思っている。

などなど。

さて、お楽しみに気づきと閃き。
「どうやってああいう風な絵を描けるのかしら」
という風に考えると、
「描かせていない」作品のパワー、素敵さが光る。
素材や道具の様々な挑戦、試行錯誤を経ているだろうし、
促しや提案の時期もあったのはもちろんだとして
そのきっかけやポイントは、一人一人の行動の特性、問題行動、感覚刺激、かなあとお見受けする。
こだわりを描く人もいらしたけれど、著作権侵害しないようにこだわりを持つなんて制限は難しい。車とか電車とかなら良いのだが、そんなコントロールできないパワーがこれらの作品の魅力なんだもの。

栞を自由に描けるイベントの日だったがたまたまタイムオーバーだったのだけど
つい「私こんな風に描けないしなあ」と言いそうになった。
練習しとこうって思った。
モチーフではなく、作者の創作の着眼点、こだわりを捉えてそれを体験するためのものを描けるように。

今回の栞の方は、サインペンの色、透明感、発色を、黒い縁取りで綺麗に自由な配色で輝かせていた。

カツ丼をこういう風に描けるなんて素敵。

サインペン:ネオン的な発色、線、筆致、透け感、色合わせ、重なりや滲み

うちの創作の時間は、セラピー的に始まったけれど、
新しい素材に触れて好きなことを見つけ増やしていくためにも、
いろんなエフェクトを楽しむ工作体験も入れても良いのかもしれない。
あくまで、健康的な人間的な活動のための芸術でありたいけれど
こだわりを助長するものを売れそうっていって煽らないように自制しつつ。
表現をして発散や伝えてくる何かを見つけたり
バランスを取るために必要なことを見極めながら
ダイナミックに絵の具を全身で塗ってみたり
大きな筆や箒を使ったり
文字を書いたり
はんこを押したり
図鑑や絵本を自分で選んで見ながら描いたっていいんだし。
色々な素材やモチーフ、自分の動きとの新たな出会いがまだまだあって良いのだ。

そして、見にきた方々に、その表現の起点になった感覚だったりを体験したり伝えていくのは、とても受け取り手にも刺激的なことなんじゃないかな。

作品から見える彼らの体験、彼らが感じている、心地よい世界を
体験できるような展示にもできたらと思う。

うちの作品の作者の興味を惹いているポイントを、書き出して行ってみようじゃないか。

展示の仕方、見せ方もよかった。



大きな紙に墨で書くのもいいもんだ。
オープンアトリエ、羨ましい。これからこれから!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?