パンざわ

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最近の記事

ショートショート12 『健康なタバコ』

「19番」  日曜日の昼時のコンビニ。男がそう告げると店員は振り返り、慣れた手つきで「019」とラベルされた棚からシードを抜き取った。 「こちらでよろしかったでしょうか」  カレーライスのシード。コンビニを出てすぐそばにある喫煙所に入りさっそく火をつける。口の中に広がるほどよくスパイスの効いた味わいを堪能し、煙を吐き出す。  五年前に禁煙グッズとして開発されたシードは爆発的に流行した。「Ciger」と「Food」をかけあせた言葉に由来するシードは、その名の通りタバコのように

    • ショートショート11 『赤玉』

       珍しくパチンコで大勝ちした男が上機嫌で帰宅すると、女がいつもとは違う深刻な表情で待ち構えていた。男はこれまでの経験から予感した、これは別れ話だと。この女の家に転がり込んで一年、もった方だ。何食わぬ顔で女の前に座り、女が話し出すのを待った。 「妊娠した・・・」  想定外の言葉に思考が止まった。何か言わなければと思っているのに言葉が出てこない。普段は男を困らせるような事を言わない女もこの時ばかりは、何も言わずに男の返答を待った。重苦しい空気に包まれる中、男は言葉をひねり出した。

      • ショートショート10 『思い出し巻き卵』

         物忘れの激しい男がいた。買い物に行けば買う物を忘れるし、歯医者を予約すれば行くのを忘れてしまう。この前は恋人とのデートの予定を忘れてしまい、しばらく口を聞いてくれなかった。会社でもひどかった。取引先へ商談に行けば持って行くべき資料は忘れるし、そもそも商談に行くのを忘れる日もあった。そのため上司からはいつも怒られていた。  その日も取引先への連絡を忘れてしまったことで上司にこっぴどく怒られた男は、会社からの帰り道をとぼとぼと歩いていた。 「ああ、どうして俺はこうも忘れっぽい

        • ショートショート9 『獅子子像』

          獅子子像(しししぞう) 【意味】 親は成功者である一方で大成しない子供のたとえ。 【由来】  ある国にワガママな王子がいた。国民は王子のワガママには困っていたが、少しでも王子を悪く言えば、子煩悩な王に処刑されてしまうため、誰も歯向かうことができなかった。  ある日、王子は自分の力を誇示するために彫刻家に銅像を作らせる事にした。命令を受けた彫刻家はほどなくして作り上げ、王子に献上した。それはライオンの子供の銅像だった。 「この国の王に君臨されるお父上様の雄々しい姿はまさに百

        ショートショート12 『健康なタバコ』

          ショートショート8 『恋神』

          「気持ちは嬉しいんだけど・・・ごめんなさい。」  足早に去っていく彼女を見ながら、僕は夜の公園に一人で立ちつくすしかなかった。またフラれた。これで何人目だろうか。  今年で三十路を迎えるというのに一度も恋人ができたことがない。女に好かれるように服装や髪型など身なりにも気を遣っているし、医者や弁護士ではないにしても会社員として真面目に働いてそれなりの収入だってある。筋肉質の男がモテると聞けばジムに通って体を鍛えたし、教養がある男がモテると聞けばたくさんの興味のない本だって読んだ

          ショートショート8 『恋神』

          ショートショート7 『余命』

          「何かやりたいことはありますか?」  頭上に「7」と表示された105号室のご老人に尋ねる。せめて最期の一週間は悔いのないように生きてほしい。その手助けをするために介護士になったのだから。  余命が見えるようになったのは小学生の時だった。朝食を食べに食卓に行くと、一緒に住んでいた祖父の頭上に「7」という数字が浮かんでいた。父も母も、祖父自身にも、その数字は見えていなかった。翌朝、祖父の頭上の数字は「6」になった。次の日は「5」、その次の日は「4」となり、「1」となった日の翌日に

          ショートショート7 『余命』

          ショートショート6 『夢』

           俺が目を覚ますと隣には女が寝ていた。その女の美しい寝顔を見て、俺はまたこの世界に来れたことに安堵する。この女はテレビ局でアナウンサーをしている俺の妻。俺はキングサイズのベッドから立ち上がり、アンティーク調の机や洋書が並ぶ本棚を目にする。あいからわず広い寝室だ。寝室を出て洗面台で顔を洗いながら、鏡に映る自分の整った顔を見る。この顔であればあんな美人のアナウンサーと結婚できるのも納得できる。  冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいると、インターホンが鳴り、玄関先を映

          ショートショート6 『夢』

          ショートショート5 『美女派遣会社』

           小さな文具メーカーを経営する男は窮地に立たされていた。ペーパーレスや電子化といった時代の流れについていけず、会社の業績は年々下がる一方。下がった業績が社員の給料を下げ、その給料が社員のやる気を下げ、その社員がさらに会社の業績を下げる。このまま経営を続けてもこの会社に未来がないことは明らかだった。そんな男のもとに一本の電話があった。 「こちら、美女派遣会社<ビューティ・スタッフィング>と申します。美女人材のご利用はご検討されておりませんでしょうか?」 「美女派遣会社?人材派遣

          ショートショート5 『美女派遣会社』

          ショートショート4 『無駄』

           男は夕食を作ろうと思い、食材を切って後は味付けだけという所で醤油を切らしていることに気が付いた。仕方なく近所のスーパーへ出かけると、道中で急な雨が降り出してきた。傘を取りに家に戻るより、スーパーで買った方が早いと思い、雨に濡れながらスーパーへ走った。醤油と傘だけを持ってさっさと会計をすましてスーパーを出ると雨が止んだ。買わなくてよかった傘を握りしめ帰宅し、既に3本も差さっている傘差しに4本目を差し込む。作りかけの夕食を完成させ、食器を取ろうと戸棚を開けると、食器の影に未開封

          ショートショート4 『無駄』

          ショートショート3 『老婆』

           ある大晦日の夜、ひとりの老婆が路上で拾い集めたしけもくを売り歩いていた。 「タバコはいりませんか?一本から売ってるよ」  一晩ですべてのしけもくを売らなければ、息子夫婦から叱られるため、老婆は寒空の中、通りすぎていく人達に声をかける。しかし、誰も見向きもしてくれない。  夜も深まり、とうとう雪が降って来た。空腹と寒さに耐えきれなくなった老婆は、少しでも気を紛らわせようと売り物のしけもくに火をつけた。  味わうように煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。すると吐き出した煙の中にオ

          ショートショート3 『老婆』

          ショートショート2 『記憶』

          「あとは少年の身体さえあれば・・・」  長年の研究の末、記憶交換装置を完成させた発明家の老人は悩んでいた。この装置を使えば、二人の人間の記憶を入れ替えることができる。記憶が入れ替わることは人格が入れ替わることを意味する。それはすなわち、死期の迫る老いた病人が、その頭脳をもったまま、健康的な少年に生まれ変わることを可能にする。老人の目的はそれだった。若々しい身体を手に入れ、その上で記憶交換装置を世間に発表し、若き天才発明家として、富と名声を手に入れる計画だった。  しかし、肝心

          ショートショート2 『記憶』

          ショートショート1 『名前』

          「詩織じゃないよ、伊織だよ。」と香織は言った。 「あ、幼馴染は伊織ちゃんか。詩織ちゃんは職場の人だったね。」 「ちがう、それは美織。詩織は大学時代の親友。」 「あれ?大学時代の親友は沙織ちゃんじゃなかった?」 「沙織は高校時代の親友。前一緒にご飯食べたでしょ?」 「そうだった、ごめんごめん。」 香織が何度説明すれば分かるのかと言わんばかりの顔で呆れる。 無理もない。 香織が俺に友達の話をするたびにこのやりとりが行われる。 どうして香織の周りにはこうも似たような名前の子が集まる

          ショートショート1 『名前』