壁際のアンコール


小生は、アコースティックを愛好している。
その証拠に、小生はアコースティック・ギターを年中持ち歩き、近所の少年からは「アコースティックの姫君」と呼ばれているのだ。

しかし、ここ最近はアコースティックギターを触らない毎日が続いた。
理由はすぐに思いつかない。

そんな小生が、久しぶりにひとりで暮らしている自宅で、弾き語りをしてみることにした。
やはり、理由はすぐに思いつかない。

そうして小生は、小学校5年生のときにクリスマスプレゼントとして母親に買ってもらった“BUMP OF CHICKEN Acoustic guitar song book”に手を伸ばした。
小学生の頃はこれに載っている曲を狂ったかと思われるほどしきりにかき鳴らしていて、近所の少年から「BUMP OF CHICKENのアコースティックの姫君」と呼ばれていたものだ。

小生は懐かしみながら、ひとつひとつ丁寧に、大きな声を出しながら、まんべんなくアコースティックをたのしんだ。

そうしておおよそ満足し、「昼寝昼寝!」と意気揚々としてベッドに向かった。

その時である。

「コン コン」

隣の部屋からである。
小生がうるさくしてしまったせいで、隣の部屋の住人は、痺れを切らしてしまったのだ。

しかし、様子がおかしい。
そもそも小生は、ギターを置いているし声も出していない。
小生、「もう辞めましたよー」の合図を送るように、沈黙することに集中した。

ただ、様子がおかしいのはそれだけではない。
この、「コン コン」は継続されているのである。

一定のリズムを刻むように、

コン コン コン コン…

これは、もしかして。

試しに小生、ギターでCのコードをジャラーンと弾いてみた。

すると、

「コンコンコンコンコン!」

これは!アンコールだ!

あろうことか、隣の部屋の住人は小生の演奏をもう一度聴くために壁を鳴らしていたのであった。

小生は無性に嬉しくなって、隣の部屋の人も知っているような有名な曲でも弾くか!という気になった。

小生は、鼻息を荒くして、斉藤和義の「歌うたいのバラッド」を弾いてみることにした。

前奏のアルペジオを優雅に弾きこなし、

「嗚呼〜♪」

と声を出した。

その時、

ピンポン♪

と音が鳴った。

何?
これは、こんなに素敵な音色を奏でてくれてありがとうと、言いに来てくれるやつかな?
なんだなんだ、苦しゅうない。

前髪を綺麗に整えて、足早に玄関へと向かった。

そうすると、

「すみませんねぇ〜、子供がうるさくって、壁を叩いちゃったもんですから。うるさくしちゃって、ごめんなさいね。これ、急ごしらえで申し訳ないけれど良かったら。」

小生は、思いがけず隣の部屋のマダムから菓子折を受け取ってしまった。

「あ、いえ、とんでもないです。私も、あの、うるさかったですよね?すみません…」

「あら?全然、うるさくないですよ。ここ、壁が鉄骨コンクリートですし、隣の方の生活音なんて聞こえたことありませんもの。」

なんて和やかな人なんだろう。

「さようでございましたか笑 では、全くお気になさらず。お子様にも、よろしく。」

バタン

小生は、机の上にポツンと置かれた前髪を整える用のくしを一瞥して、胸が痛くなった。

小生は、唄うことが難しくなってしまった。


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