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咳をしても一人、でも夢を見るにはちょうどいいかも

難航していた就活も一応の着地を成功させ、新年度からひとり暮らしを始めた私は当然ではあるがひとりになった。
今まではいつでも家には家族がいて怠けていても親がやってくれたり声をかけてくれたり……恵まれた環境にいた。でも今は洗い物も洗濯も、料理も掃除も全部自分でやってその上で仕事もしないといけない。楽じゃないし大変、寂しくもある。たまに。

ふと、部屋に入った時誰の声もしなくて誰の姿もない一人ぼっちのものが散らかった部屋を寂しく思う。特に意味もなく窓の方を見て素知らぬ顔で青く広がっている馴染みのない空を見ると、同じ空の下なのにこんなにも違うんだとか家に帰りたいなぁ今の家はここなのに、なんて思う。
だからこそ、そう思う度に故郷に錦を飾るではないけど頑張っていい報告をしたいなと思う。
仕事でもなんでもいい。上手くいって評価されたとか、自分に則していえば転職に成功して念願の仕事に就いて親や友人に自慢できるものを生み出したい。もっともっと言えば自分の作品を作りたい。本や漫画、アニメになってこんなに頑張ったんだよって言いたいし凄いでしょって自慢して褒めてもらいたいし安心させたい。誇ってほしい。
だから思った。
1Kの広くはないものの散らかった狭い部屋の入り口で、


咳をしても一人

昔の誰かがそんな句を詠んだ。病気で弱って咳をしても誰も心配する人も看病する人もなく侘しい気持ちを読んだんだって。
なぜこれが俳句なのか、無季自由律俳句なんてなんだってありじゃんと思ったけどその気持ちはよくわかる。たくさんの愛に触れて支えられて生きてきたから今の心細さも虚しさも。

咳をしても一人

だけど、一人だから自由でもある。洗い物を放置していてもダラダラと横になっていてもご飯の前にお菓子を食べたって誰も何も言わないしやりたいことをやれる。自由と寂しさは隣り合わせなのだ。こんな場所だから夢を強く思える。叶えたいと思うし叶えないといけないと思う。この侘しさは夢を見るのにはちょうどいい。


咳をしても一人
でも、夢を見るにはちょうどいいかも


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