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天才占星術師、ペコ山コペルニクス。 その女

TRPG用オリジナルキャラクターの前日譚的なものです。

★天才占星術師ペコ山コペルニクス、その女★

 近年、その名をよく耳にする占い師がいる。いくつもの噂や憶測が飛び交うがいまだ確からしい情報がない、謎に包まれた占い師。
人呼んで”天才占星術師 ペコ山コペルニクス”
噂に事欠かぬその占い師の言葉は必ず当たると評され占い自体の評判には瑕疵のひとつもない。
一方で、話術のままに気づくと大金をせしめられただとか法外な値の開運グッズを抱えていたなど主に金銭面での悪評もまた挙げることにキリがなく、良くも悪くも語られることの多い存在だ。
しかしながら、噂ばかりが積み上がりその実態はようとして知れない。つかもうとすれば露と消える夢幻の如き人物であった。
彼女は決してその姿を公に表すことはなく神出鬼没に現れては幾人かを占い、噂になる頃には忽然と姿を消し拠点などはひとつもなく半ば都市伝説のようなスタイルを取っている。
しかし、その実在性が疑われることがないのはその場で占ったものにだけ伝えるという非対面式の書面上の占いが口伝で伝わり、すでに何人もの各界の大物が顧客についているからだ。
なんでも書面上の占いは目玉が飛び出るような大金を要求されるそうだが、その正確性からむしろ顧客は増える一方で発言力のあるものばかりが集まるので彼女の存在は裏付けだけがあるのだ。

そんな彼女の数ある噂の中でも何よりも多く聞かれるのはその容姿だろう。
曰く、その顔は息を呑むほどに美しくこの世に並ぶものはない天上の女神のようだとか。
曰く、その髪は清らかな小川を思わせる流れるような透き通るアクアマリンの長髪で、一説には竜宮城の在り処だという。
曰く、その瞳は呑み込まれるほどの深淵の深みを湛える奥深い真紅でその魅力たるや最上の宝石の一種で、その噂を聞き付けた怪盗が彼女の前に現れたがあまりの美しさに気を失いそのまま御用となったという。
曰く、その肌は白磁のように静謐で冷ややかな病的なまでの純白で、素肌を目にしたアンミカは「この白以外は白やない!」と泡を吹いて気絶したという。
いくつもの逸話を呼ぶ彼女の美貌に、ある男は魅入られ妻子を捨て、ある女は女性しか愛せなくなり、ある老人は呼吸を忘れそのまま息を引き取ったそうだ。

なんにせよ、数多くの財界の大物を射止める占星術と人を狂わせるほどの傾国の美貌を一生に一度は確かめてみたいものである。

 ……。あまりにも大仰に書かれた記事を読み元から良くもない顔色が一層青く染まるのを感じ目眩がする。
込み上げるため息を抑えることもなく吐き出し、眉唾で有名なオカルト雑誌を傍らに置く。
どうやら私はついに都市伝説になったらしい。しかもこれらの噂がこの雑誌だけの創作でなく人々の間に飛び交う有名な話なので頭痛やむなしと言ったところである。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
朗らかに微笑みかける若々しい女性ウェイターに適当なドリンクを頼み、頭を切り替える。
早川優華、27歳。職業占い師。人呼んで……ペコ山コペルニクス。都市伝説の女である。
27歳。身の振り方とこれからの人生を考え始める年齢。ペコ山コペルニクスは思い悩んでいた。
どうしてこうなったのか、平穏かつ楽に幸福な人生を追い求めただけなのに。
自分の埒外へと突き抜けて無際限に膨らみ続けるもうひとつの自身の姿に心労はつのるばかりであった。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。その発端はいつだろうか。もしかしたら生まれたときにはすでにこんな運命の星の下にあったのかもしれない。
一般家庭である早川家、その長女に生まれた私は優しく華のある優雅な女性になってほしい。そんな両親の溢れんばかりの愛と祝福に包まれ生を受けた。
父は天文学者、母は女優。互いに多忙ながらもある程度の高い社会的地位と余裕をそなえ、何より私を宝石のように大切にしたので私は何不自由なく育つことができた、ということもなかった。
神は天が私に与えすぎたものと釣り合いをとるかのように私の体をひどく脆弱なものにしてしまったのだ。
幼い頃から何か大病を患うでもないが常にどこかしらが不調を訴え、気分は優れていることの方が珍しい。
それだけなら良かったものの私を愛しすぎるあまりに両親は私を甘やかしに甘やかし、ある程度名の知れた二人は世間の目に私が晒されるのを嫌い温室の中でそれはそれは大切にした。
その結果私は人に頼って生きる甘ったれた根性が染み付き、小学校に上がる頃には人の好意を得て守られることばかり覚えていた。
幸か不幸か私の体は本当に弱いので周囲の人は私を守るし、私は自分が守られる立ち回りをすっかり知り尽くしていた。
拍車をかけるように私の両親は大変見目麗しく、その優れた遺伝子は私にも受け継がれ、温室育ちと血色の悪さのダブルコンボが生み出した目を剥くほどの純白の肌との相乗効果で誰もが振り返る現代版傾国の美女が爆誕したのだった。
体調はいつも優れないが周囲には恵まれ幸せな人生を送っていた幼き日の私。しかし、人間とは欲深くより良い状態を求めてしまうもの。幼い私は人生最大の過ちを犯してしまった。
それはある夏のこと、天文学者の父に連れられ家族で天体観測をしたときのこと。体の弱い私には少々堪える深夜のことで眠たげな私の意識を覚醒させたのは空を駆ける幾つもの流星だった。
幻想的で心をうつ光景に日々心の片隅につのらせた小さな願いを捧げてしまうのは罪と言えるだろうか。
護られる私とは無縁な窓の外の世界。楽しそうに駆けまわる同世代の子供たち。小さいけれど決してかなうことのない願い。
(健康で丈夫な体が欲しい。外を駆けまわれるくらいの…。)
燃えさかる宇宙の旅人たちにそう願った。
その時、光の尾が煌いて私に微笑みかけた気がした。

 それ以降目に見えて私に変化が訪れた。私の体調は回復の兆しを見せ、外で駆け回れるほどになったのだった。
それまでいつも靄がかったように薄ぼんやりとしていた意識は晴れ渡るようにすっきりとした。みんなと同じとはいかないが、外でみんなとたまに遊べる程度の健康を手にした。
ありがとう、流れ星……。星の奇跡に救われた私は父から天文学を学び始めた。
しかし、流れ星を許すのはつかの間の気の迷いだったのだ。不健康故に成長も遅れていた私の体は後れを取り戻すかのように成長をはじめ、中学生になるころには、
身長は170cmを超えていた。育ちすぎたのだ。
その後も私の背は伸び悩むことを知らず、高校に上がる頃には180cmを超え、大学に上がる頃には190cmに到達していた。
このまま背が伸び続けて空に手が届いたら流れ星は全部撃ち落としてやろう、それが当時の私の願いだった。流れ星は頭が悪い。
幸いにも大学に入ると背の伸びは収まったようで身長は195cmで止まった。
残されたのは天文学は学者並みに知識を携えたが、庇護者根性が抜けず人より体が弱い巨躯の絶世の美女。
人生の半分を庇護を受けて温室で過ごしてきた私には会社勤めなど考えられなかった。
顔がよくていざとなれば身長の圧力も利かせられるし何より人の心を掴むのが得意、そんな思い付きで選んだのは占い師だった。
やるからにはやってやろうということで天文学の知識を使い占いも真剣に学んで占星術を修めて、雰囲気を出すために見た目と名前も演出してみた。
今日から私はペコ山コペルニクス、天才占星術師だ。
如何にも社会を舐め腐った思い付きの甘い考えだったが、なぜだか才能に溢れていたようで想像以上にうまくいってしまった。
しかし、並ぶもののない人並外れた美貌と人目を憚らぬ高すぎる身長、そして目立ちすぎる占い師風の見た目……。
職業柄恨みを買うのも一度や二度ではなく、どこかに留まるのは無理な話だった。
そんなことからできるだけ各地を転々としつつ占星術を続け大口の顧客を何人も抱えた私は、気づけば都市伝説になっていた。

27歳。人生を考え始める歳。友人知人は身を固め家庭を持ち始めるのも珍しくない。住所不定の放浪の占い師でいられるのも潮時だろうか。
幸い、お金には困らない。今の貯蓄だけども十分な生活ができるし最後に本の一冊でも出して隠居しようか。
その後は適当な田舎町で細々と匿名の占いか天文学でもやれば生きるのに困ることもないだろう。都市伝説の天才占い師が本でもだせば一生分の印税は入るだろうし。
私は楽に不自由のない人生を送りたい。身体的には不自由だった十数年の反動で幸福に飢えているのだ。
やや社会を舐めてかかったような楽天的な隠居生活を構想し、同世代は人生の盛りにも入ろうというのに真逆のことを考え心を固めていると、ふと近くの席の会話が聞こえてくる。

「ね、知ってる?ペコ山コペルニクス」
「あー、都市伝説の?」
「違うよ!実在するんだって!この前ミサキが占ってもらったって騒いでたよ!」
「マジ!?じゃあ今ここら辺にいるってこと!?やば!」
「ね。あたしも会えないかな~。めっちゃきれいって噂だよ。ミサキも男に興味なくなったって言ってたよ。一緒にいたおじいちゃんは窒息して今危篤って言ってたし。」
「……それやばくない?」

どうやらこの前占った女子高生らしき女の子の友達らしい。おじいちゃんも確かにいた記憶はあるがむしろ占う前より元気になっていたと思う。
都市伝説の生まれる瞬間を見てしまったような気分がして、また少し体調が悪くなった気がした。
なんにせよ、この街も離れた方がよさそうだ。本格的に隠居を考えよう。
ほとぼりが冷めるまで身を隠すついでにどこか療養の旅でもしよう。この仕事を始めてからは旅慣れたもので数えきれないほどの場所を訪れてきた。
次はどこに行こうか、そんな風に考えていると窓から陽射しが差し込み目を細めた。
気が付けば空は茜色に染まり暮れなずむ街並みに夕陽が溶けていた。いつの間にか夕暮れ時を迎えていたようだ。
「夕暮れ……。」
夕暮れの町を窓から眺め、誰ともなく呟きが漏れる。私の人生もこんな頃合いだろうか。年齢は随分早すぎるような気もするが。
そういえば、友人が住む町は”夕暮れ町”とかいう場所だったような。
次の行き先を決めたところで私は喫茶店の席を立った。

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