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我が家は元保護犬のぱん屋さん?

第1号ぱん

私は小さいころから犬と暮らしていてずっと犬がいる生活をしている。

最初に犬を迎えることになったのは小学校4年生のとき。どんな犬を迎えようか、犬種は?と家族でわくわくしながら話していた。

普段無口な父がボソッと「明日、犬がくるぞ」

・・・・ん!!?

なにやら明日犬がくるらしい。

あとから聞いた話だと、野良犬が産んだ子犬が数匹いて、なかなか貰い手が見つからなかったんだそうだ。

なにも準備していなかったので、父にぶつぶつ文句をいいながら準備をした。でも、どんな犬が来るんだろうとわくわくもしていた。

そんなこんなで、男の子の子犬が果物かごに入ってやってきた。

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想像よりも小さくて、本当にかわいかった。

名前はなににしようかと家族会議。

茶色い毛並みに、胸のあたりや腕は白っぽい。鼻は黒い。

ちょうど姉が「あんぱん」を食べていたこともあり、名前は決まった。

これが初めてうちにやってきた、名犬(?)「あんぱん」の誕生である。

ここから、私たち家族の物語が始まる。

第2号ぱん

そこから数年たち、私は動物に関わる仕事をしたいと実家を離れ、動物関係の学校に通っていた。

そのとき、「あんぱん」は9歳くらい。

ある日、実家に帰省しているときのことだ。

「あんぱん」は田舎で育ち、しかも外犬だったので、家の前を通る人、入ってくる人は必ずチェックしていた。

そんな「あんぱん」がいつもと違う様子で吠えている。

威嚇ではなく、なんだろう、私たちになにか伝えようとしているようにも聞こえる。

外に向かって吠えていたので、門を開けて様子を見てみると1匹の犬がじっとこちらを見ていた。

ビーグルよりも少し足が長くて、首輪とちぎれたリードを付けている犬がいた。じっと様子を見ていて、離れるわけでもなく、一定の距離を保っている。

迷い犬と思い、おやつを見せると、すぐに近寄ってきた。

保護してから、近くで見てみると、うんちは体中についているし、耳をめくってみると、パンパンに膨らんだダニが数十匹びっしりとついていた。。

近所の人たちによると、ここ1年くらいこのあたりをうろうろしていたんだそうだ。

動物系の学校で得た知識をここで活かさねばいつ活かすんだと、泣きながらお風呂に入れたのを覚えている。しばらく迷い犬として保護していたが、なかなか飼い主は現れない。

他の犬なんてご法度の「あんぱん」も、なぜかその子だけは受け入れて適度な距離感で過ごしていた。

その様子を見た近所の人たちからは、「あんぱんが、この家にきたらいいよと呼んだんじゃないか」と噂されるほどになった。

仲良く遊ぶとか、そんな素振りは一切ないのだが、「あんぱん」に信頼を置いているのは、誰が見てもわかるほどだった。

しばらくして、我が家の犬が2頭に増えた。

名前は「こげぱんな」。黒くて、女の子だから「な」を付けた。

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左が「こげぱんな」、右が「あんぱん」

第3号ぱん

「こげぱんな」を迎えてからしばらくして、「あんぱん」が虹の橋を渡った。

実家から離れて一人暮らしをしていた私だが、「あんぱん」が本当に頑張ってくれて、最後の数ヶ月は一緒に過ごして、最後を看取らせてくれたので、後悔はない。

それから数年がたち、私も犬を迎えることになった。

とある保護施設で、ペットショップの売れ残りとして殺処分されるところを保護された子と出会ったのである。

名前は「こっぺぱん」。茶色い毛並みで、胸は白っぽいミックス犬の男の子。

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実は私は小さいころから、この名前をつけたい!と思える子を迎えたいと思っていた。「あんぱん」がいたころ、祖父が言っていたことが忘れられなかったからだ。

「僕らの若いときは、あんこは贅沢品でなかなか食べられるものじゃなかった。あんぱんは美味しいけれど、こっぺぱんでも充分幸せな気持ちになれる」

今思い出してみると、自分でもよくわからないのだが、笑いながら話していた祖父が今でも記憶に残っている。

自分でも驚くほど単純だと思うが、自分が迎えたいと思った子は、「こっぺぱん」と名付けようと決めていた。

譲渡されるときに、「本当にやんちゃですよ、本当に!」といわれていたが、不思議と不安になることもなく。

初めて出会ったときも、私にしか甘えなかったとか、抱っこしたら腕の中で寝てくれたとか、感動的なエピソードはないのだけれど。

「ああ、この子がこっぺぱんだなあ」と思ったのを覚えている。

この時出会った「こっぺぱん」は、今でも私の人生のパートナーであり、様々な苦難を一緒に乗り越えてきた相棒である。

こぺ②

第4号ぱん

ある日、母から「道路で犬を保護した」と連絡があった。写真には、助手席に座っている母の足の間に収まっている柴犬のような風貌の犬。

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友人と出かけた先で、弱ってカラスに襲われそうになっているところを保護したのだそうだ。推定10歳くらい。首輪をしていたこと、おとなしいことから飼い犬だろうと保健所へ届け出た。しばらく飼い主を探したが、現れなかった。

「あんぱん」から、懐の深さを受け継いでいた「こげぱんな」は、何も言わず受け入れてくれた。

名前は「めろんぱんな」。ぱんシリーズでそろえたかったし、女の子だから。

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左から めろんぱんな、こげぱんな、こっぺぱん 

うちに来て1年2か月、「めろんぱんな」は静かに息を引き取った。

フィラリア陽性で、心臓も弱かったけれど、食いしん坊で、少しおっちょこちょいで、でも落ち着いてブラッシングやシャンプーをさせてくれる賢い子だった。

第5号ぱん

また母から連絡があった。

保護センターに気になる子がいるとのこと。ずっと気にしているんだけどなかなか里親が見つからないらしい。

写真を見ると、なんとも困り顔のおじいちゃん。推定12歳。

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名前は「タロウくん」。

足腰も少し弱っているのだけど、のんびりしていて、散歩は何回も行きたがるくらい元気な子らしい。

母は何度も面会に行って、私もそのときは遠方にいたので、保護センターに電話して、「タロウくん」の病気について聞きたいことやこれからのことを聞いたりして。

なかなか里親希望が現れなかった「タロウくん」。引き取りたいとセンターに伝えたところ、母は犬の介護経験もあるし、安心して任せられると大変喜んでくれていたそう。

お迎えのときには、「あんぱん」が歩けなくなったときに使っていたペットカート(通称あんぱん号)に乗った。センターの方たちは、みんな泣きながら総出でお見送りしてくれた。

無事に家についた「タロウくん」は、専用のベットでぐっすり寝た。

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改めて、うちでの名前を決めることに。

名前は「たろわっさん」。新しい生活で混乱しないように、タロウとクロワッサンを混ぜて。

「たろわっさん」は、大先輩「こげぱんな」との挨拶もさらっと済ませ、驚くほど家族になじんだ。私は会うことはかなわなかったが、ずっとうちにいたのではないかと錯覚するほどだった。

とびきりおいしいおやつやごはんを選んで送り、パクパク食べる姿を見ると本当にいとおしかった。

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左からたろわっさん、こげぱんな メリークリスマス!!

「たろわっさん」は、おいしいごはんやおやつを食べて、散歩にもたくさんいって、のんびりのんびり過ごして、最後は家族の腕の中で、大きく息を吐いて静かに旅立った。

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「こげぱんな」は3頭のぱんたちを見送り、今年推定19歳になった。足腰も強く、まだまだ元気だ。

うちの子たちがこれまでどんな犬生を送ってきたのか、本当は何歳なのか、子犬のころから迎える場合とは圧倒的に情報量が少ないし、大変なことも多いのも確かだろう。

ただ、日々一緒に暮らしていく中で、どんどんと表情や目が明るくなっていくのが目に見えてわかる。

それを見て、私たちもどんどん表情が明るくなっていく。

お互いにかけがえのない存在になっていく。

彼らと過ごす日々は間違いなく濃密で、彼らから教えてもらうことがたくさんあることをもっとたくさんの人に知ってほしい。

私は今、念願の動物関係の仕事に就いて、健康に、楽しく過ごせるようなお手伝いをしている。まだまだ勉強しないといけないことはたくさんあるけれど、ぱんたちに教えてもらったことを、これからも大切に伝えていきたいと思っている。

本当にありがとう。大好きだよ!うちのぱんたち!!!

#うちの保護いぬ保護ねこ


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