短編「かねハウス殺人事件」

鼻がむずむずして出るのはハクションですが、この物語はフィクションです。実在する人物・ワールドとはあまり関係ありません。たぶん…。もちろんご承諾済みです!皆様大感謝!それでははじまりはじまり。

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20時。夕飯前のピークが終わり、少し客の数も落ち着いてくる時間帯だ。
私は時折訪れるお客さんの相手をしながら、番台で少しうつらうつらと
夢と現実を行き来していた。遠くでかすかに聞こえる水の音が、眠りへと誘う。
火星の夜は長い。深夜に再度ピークが来ることもしばしばだ。いまのうちに少しうたた寝をしておくのは、私の日課でもあった。
「ボス! ボス! 起きてください!」
ちょうど夢を見始めたところで身体を揺らしたのは、ほむらであった。
「しーっ。ここではボスと呼んじゃあダメだとあれほど…」
「すいません、ボス! でも事件なんです!」
夢と同時に私の日常もここで覚めた。こんな風に夢が途切れた時は、たいてい憂鬱な夜が始まるのだ。
「ほむら、まぁ一旦落ち着け」
私は冷蔵庫から冷えたコーヒー牛乳を手渡すと、ほむらは一気に飲み干した。
世を忍ぶ仮の姿である銭湯での仕事中に事件の話をするわけにもいかない。とはいえ臨時閉館も難しい時間だ。さてどうしたものか。
「こんばんは~。今夜もお風呂入りに来ました~」
ちょうどそこにやってきたのは、常連客のみや猫ちゃんだ。温泉ハンターの異名を持つ彼女は、古くからこの銭湯の馴染みでもある。ああ、そうだ。
「みや猫ちゃんいらっしゃい。来て早々で悪いけど、ちょっと店番お願いできないかな」
「え? あ、は、はい……」
「ビール、自由に飲んでいいから」
「わかりました。お気をつけて」
彼女であれば、少し店番をお願いしても安心だ。帰ったらお詫びに無料券を渡すことにしよう。
暖簾をくぐりながら、ほむらがいぶかしげに私の顔を覗き込む。
「彼女、やけに素直でしたね」
「ふ。私がただの銭湯の番頭でないことくらい、彼女も気づいているさ」
私が何者かって? 熊猫土竜、探偵さ

もぐらホテル。地下に掘られたホテル。その客室のさらに地下に、私の本当の職場、探偵事務所がある。私と助手のほむら以外は知らない場所だ。手狭なスペースではあるが、必要なものはすべてそろっている。

「それで? 事件というのは? こないだみたいに、ダチョウにカツアゲされたとか、下半身にスワンつけた男が現れたとか、そういう…」
「違います! 殺人事件です」
「殺人事件? それは警察に任せておく案件では?」
「それが、事件が起きたのがかねハウスで……」
「無法地帯か。警察が手を出せないエリア。やっかいだな。で、誰が殺されたんだ?」
「それが……かねあらさんが……」
「なんだって。痴情のもつれってやつじゃないか? 誰かにセクハラしたとか」
「理由や死因はまだわかっていません」
「まずは現場に行ってみるしかないか」

かねハウス。この世界の無法地帯である。主であるかねあらの表裏ない性格が人気なのか不思議と人が集まる場所で、夜ごと人が絶えない。が、無法地帯である。
「現場はここです」
そこにはたしかに、かねあらが横に転がっていた。
「寝落ちじゃないか、これ?」
「いや、いつも寝落ちのときは座っているはずなので……」
確かに、横になっているのは珍しい。これはしばらく帰れそうにないなと、直感がうずく。なぜなら思い当たる容疑者が多すぎる。
「あの……警察の方ですか?」
声をかけてきたのは二人組の少女だった。どこかでみたことがある。
「いや、警察ではないが、事件の調査をしているところだ」
私がそう答えるとツインテールの赤い髪をした女の子が言葉をつなげる。
「私たち、ずっとここにいました」
「そうか。何か聞いたり見たりは」
今度はロングヘア―の女の子が答える。目元のほくろが特徴的。二人とも違うタイプの美少女だ。
「私たち、向こうで踊りの練習をしてたので見てはいないのですが、大きな物音がして、こっちにきてみたらかねあらさんが倒れてて……」
「一旦そこに座りましょう」
4人で腰掛ける。
「それは何時くらいだったかわかりますか?」
「えっと、たしか19時過ぎくらいだったと思います」
「他に人の声や争う声は?」
「どうだろう。ここはいつも騒がしいので……」
「ちょっと、ちょっとボス」
聞き込みのプロセスを頭で整理しているところに、腕を引っ張られた。
「どうしたほむら」
「この二人、アイドルのえむかけですよ。逢坂ミラちゃんとめぐめぐ
そうだ。どこかで見た二人だと思っていたらアイドルだ。銭湯にもポスターを貼っているのだが、まさかここで本人と会うわけがないという先入観からか気がつかなかった。
「えむかけのお二人ですよね? めっちゃファンなんです! 部屋にポスターも貼ってます! あのサインとか……」
「え? ええ、いいですよ。ありがとうございます」
「ほむら、あとにしなさい。二人はどうしてここに? いつもいるんですか?」
「ええ。かねあらさんは私たちのスポンサーなので」
スポンサー。まさか金に物を言わせて二人を意のままに操っていたのではないか。そしてそれに嫉妬した熱狂的なファンに殺されたとか。
「かねあらさんは、誰かに殺されたんでしょうか……?」
赤いツインテールの女の子、めぐめぐがいまにも消えそうなか細い声で尋ねる。
「いや、まだそうと決まったわけでは……」
そうだ。まだ事件か事故かもわからない。
「そういえば、ほむらはなぜ殺人事件と言ってきたんだ? まだ事故の可能性もあるが」
「すいません。かねあらさんのことだから、誰かに殺されたものだとばかり……」
やれやれ。早とちりか。これは、もう1度注意深くかねあらの周りを見よう。
―頭部。鈍器で殴られたような跡がある。ただ転んだ拍子になにかに頭をぶつけた可能性もある。頭にわずかに残る窪み。殴られたかぶつけたのか、このくぼみをつくるのに該当しそうなものは……
「ん? これはなんだ?」
落ちていた茶色い物体を拾い上げる。さほど大きくはない。何かの欠片だろうか?鈍器の欠片のように見えなくもない。
「なんでしょう? そうだ。ビスマルクさんなら、何なのか知っているかも」
ビスマルク。表から裏までこの世界に精通している、いわゆる情報屋である。
20時半。この時間だとまだ「表」にいる時間か。

いちこんカフェ。この世界にいるものであれば1度は訪れる場所だ。この頃は色々な乗り物もつき、ますますパワーアップしている。朝から多くの人が集まるこの場所ならば、有力な情報を得られるかもしれない。しかし、まだあまり事件を明るみにするわけにはいかない。まずはビスマルクだ。
「こんばんは。ビスマルクさんはいますか?」
「あぁ、ビスマルクさんならいまさっき出かけていきましたよ」
一足遅かったか。今頃は「裏」の方にいるはずだ。
「ボス、追いかけますか?」
「急がなくても裏であればしばらくはいるはずだ。せっかく来たんだ。コーヒーのいっぱいくらい飲んでいこう」
ソファに腰かけコーヒーを注文する。それにしても、この時間でも相変わらずの賑わいである。
運ばれてきたコーヒーに口をつけた時、緑色のアフロ頭が私の前を横切った。ヘムたい。色々な場所を渡り歩く彼、おまけに海外ユーザーにも詳しい。誰かが変わったことをしていれば彼ならば気づけるだろう。いずれにせよ、なにかしら情報をもっている可能性もある。私はコーヒーカップを置き、声をかける。
「ヘムたいさん、こんばんは。ちょっとお聞きしたいことが」
「ちょっと待った」
ヘムたいさんが口を開こうとしたとき、私の後ろから声がした。声のしたほうを振り向くと青い髪の猫が立っていた。
「ヘムたいさんは私が追っていたのだ。先にこちらに来てもらおう」
七種あきの。表向きは水族館やカフェのオーナーとして有名だが、正体は私の同業者、つまりは探偵だ。
「なんの話かな」
「事件の情報を得ているのはそちらだけではありませんよ」
「……どこでその情報を?」
「私の優秀な秘書のみずほちゃんが教えてくれたんだよ、ねー」
なるほど。猫の後ろにボブヘアーが見える。彼の秘書、みずほコリか。
「それで? ヘムたいさんが事件に関係あると?」
「事件が起きた時刻、緑色のアフロを見たとの情報があるのでね」
「どこからそんな情報が?」
「それは言えないな。とにかく彼には海底の事務所まで来てもらわねば」
戸惑うヘムたいさんの腕を引っ張り、青い髪の猫はむりくり引っ張っていってしまった。
「ボス、あの情報ほんとですかね?」
「さあな。だが奴ら、この茶色い欠片のことは知らなさそうだったな」
「どちらにしてもビスマルクさんを探しましょう」

幸甚亭。もぐらホテルよりもずっと潜った、地下314階にあるバー。表向きは地下にある暗がりのバーだ。普段はバーであるが、時には深夜まで音楽ライブが行われることもある。
「ここが、裏ってとこですか?」
「なんだ、初めてだったか」
路地を少し歩き、店内に入る。
「おや、珍しい。いらっしゃい」
私はカウンターの席に座る。
「ビスマルクさんはいますか?」
「お客様のことについてはお応えできかねます」
「ちょっと裏に行かせていただきたいのですが」
「裏? 裏などはございませんが」
さすがは謎部マスター。顔見知りであってもセキュリティがしっかりしている。
「ボウモア12年、彼にはマッカラン12年シェリーオークを、どちらもロックで」
「ちょっとボス、お酒を飲んでいる場合じゃ……」
「……私にも一杯いただけますか?」
「もちろんです。ではマスターにはラフロイグ18年ではいかがでしょう?」
「……かしこまりました。どうぞこちらへ」
いわゆる合言葉、というやつだ。カウンターの脇を通り、店の裏側へと向かう。ここが幸甚亭の正体。カジノだ。
「ここが裏……」
「なんにでも裏と表があるってことだ」
今夜も数人の客がギャンブルに身を投じている。その中に一際目立つロボットがいる。ビスマルクビスマルクである。
「おぉ、なんや探偵さんかいな。かねやんのことは残念やけど、なーんも知らんで」
さすがは情報通。すべてお見通しか。
「そのことで、ちょっと見てほしいものが」
「いまええとこや。あとにして」
ここは素直に待つしかなさそうだ。その間に、この白衣を着た赤髪の女性に相手してもらうことにしよう。
「こんばんは、でんこさん。どうですか、一杯お酒でも」
「いいですねー。今夜は飲みすぎないようにしなきゃ」
警戒されないように世間話を楽しみながら、タイミングをはかる。いい具合に酔いもまわってきているようだ。泣き上戸な彼女、これ以上飲ませると泣き始めるので、攻めるならここだ。
「いやぁ。やっぱりでんこさんのゲームプレビューは勉強になるなぁ。あ、そういえば、最近なにか変わったことがあったらしいね?」
「え? なんだろう。かわったこと……特には」
「誰か最近見かけない人とか……」
でんこがメガネの位置を直しながら続ける。
「そういえば、905さんや龍飛さんを最近見かけないような……」
同じテーブルにビスマルクが交ざる。
「おお、またせたな探偵さん。ほんで、なんや見せたいものって」
「ああ、この欠片なんですが……」
「なんや、カボチャの欠片やないか」
「カボチャ……」
「ああ、間違いない。これは国産のカボチャやな。ちなみに国産のカボチャというのは、北は北海道から―」
「あ! ボス、ちょっと」
ほむらに誘導されるまま、カジノの端、人目のつかない場所に移動した。ビスマルクの話が長引きそうだったのでタイミング的にはベストである。
「かぼちゃと言えば、905さん龍飛さん、どちらにも共通する事項ですよ」
「なるほど、そうか」
「他にもhalさん、coltさん、ぴえんちゃん。なにか知っている可能性もありますね。もめた時に落としたとか」
アンパンのヒーローではあるまいし、自分の頭が一部欠け落ちることなんかあるだろうか。しかし、確かに905と龍飛の二人がちょうどこのタイミングで姿を見せていないというのは引っかかるところだ。
「よし。手分けしてあたろう」

私は905の広場へと向かった。彼の居場所の一つではあるが、姿は見当たらなかった。もしも事件に関与しているのならば、行方をくらませていても不思議ではない。
「本人はやはり不在か……ん? なんだ、このボタンは?」
おもむろにボタンを押すと、人型のカボチャが出てきた。ボタンを押すたびかぼちゃ人形が出てくる。
「これは……十分に凶器になりえるな」
なるほど、かねあらの頭部にあったくぼみと落ちていたかぼちゃの欠片。これで点が線になって繋がった。かぼちゃで殴った時に欠片が零れ落ちたのだ。しかも905といえばかねハウスの常連でもある。なにかトラブルがあったとしてもおかしくはない。やはり探し出して事情を聞く必要があるだろう。ここにいないとなると、彼が経営するラジオ局か。
あの街には私の出先機関であるパンモグ団子屋もある。なにか有益な情報が得られるかもしれない。

こんにちは世界2077。リアルアバターで有名なこんにちは世界さんが創るサイバーパンクな土地である。ここに905ラジオ局がある。薄暗い空を見ていると、なにかどこかに置き忘れたものを思い出させる。そんな街だ。

ラジオ局の前についたが入口は固く閉ざされていた。街にいる人から話を聞くしかないか。
そう考えて踵を返した瞬間、目の前に905の姿が見えた。
「どうしたんですか? ラジオ局は空いていませんよ」
重要参考人だ。こちらの思惑を気取られないよう、慎重に話さなければならない。なにかを察して逃げられたらそこでおしまいだ。
「ああ、こんばんは。最近はいそがしそうだね」
「ええ。ライトベイクが楽しくて」
「あまり他の場所にも遊びに行けていなかったり?」
「そうですねぇ。でも普通に出かけていますけどね。今も海底世界にいましたし。あきのさんはいなかったけど」
私のことも七種あきののことも探偵とは知られていない。
「海底にはずっといたの?」
「そうですね。いつものメンバーで3時間くらい駄弁ってました。ぱんもぐさんの姿が見えたからこっち来ただけで、またすぐ戻ります」
3時間と言えば彼には犯行は無理だ。証言者もすぐに見つかるだろうし、リスクある嘘をつくとは思えない。なにより、私のハットが答えをささやく、彼はシロだ。
海底と言えば、連れていかれたヘムたいさんのことも気がかりだ。
「あきのさんは、なにか変わったことはなかった?」
「特に何もないですよ。なんかヘムたいさんとサウナに行っちゃいましたけど。なにかあったんですか?」
さすがにこれ以上の深追いは墓穴を掘るか。下手に情報が広まるのも得策ではない。
「いやいや。最近会えてなかったのでどうしてるのかなぁって。あ、そうだ、せっかくこの街であったからパンモグ団子をおごるよ」
「あれ何の肉だかわからないので大丈夫です!」
「そ、そう」

カミサマノイルトコロ。多くの住民が住む街である。観光ホテルや漁港なども臨むことができる。静かで落ち着いた街で、私もここを訪れると心が休まる。たまに赤い鬼が現れるという伝説もあるが、住民の方たちも優しく素敵な街である。
この街にはかねあらの家もある。そしてかねハウスからもすぐに来られるので、犯人が逃げ込んだ可能性もある。いずれにしろ、なにかヒントが落ちているかもしれない。
「ボス。かねあらさん家の鍵を受け取ってきました」
「ありがとう」
私は主を亡くした部屋をゆっくりとあけた。懐かしい井草の香りがする部屋だ。
「意外とシンプルな部屋なんですね」
一通り部屋の捜索をしたが、特になにも見つからなかった。
一度腰掛け話を整理することにした。私の灰色の脳細胞を活性化させなければ。
「そちらの聞き込みはどうだった?」
「まず、龍飛さんなんですが」

「イベントの準備で忙しくて顔を見せていなかっただけのようです。これはイベントスタッフから証言を得ています」
「他はどう?」
「halさんは紅白の準備、coltさんもその時間は雪降る自宅にいたことが、一緒にいたミソさんとnoneさんから確認がとれています」
「そうか」
「ボスの方は?」
「905さんに直接会えたが、こっちもシロだ。犯行時間には海底にいた。ただ905の広場にあった大量生産できるかぼちゃは少し気になった。あれなら誰でも凶器として使える」
「え? でもあれ外に運び出せませんよ」
「そうなのか」
「そうですよ。っていうか、ボス一人しか調べてないじゃないですか。ずるいなあ」
「……まあまあ。パンモグ団子持ってきたから、これでも食べながら整理しよう」
「それ、なんの肉だかわからないからいりませんよ!」
そんな言葉とは裏腹に、ちょうどほむらのおなかが鳴った。
「……えへへ。じゃあ一個だけ」
ほむらがパンモグ団子の袋の中に手を入れる。
「あれ? ボス、なにか入ってますよ」
確認すると、小さな厚紙が入っていた。団子を袋に詰めた時には、確かにこんな紙は入っていなかったはずだ。
厚紙には一文字だけ、「至」の文字が書かれていた。
「……ちょっとでかけてくる」
私はハットの位置を直し、かねあらの家を飛び出た。

バー月光。落ち着いた雰囲気でまさに大人のバーだ。幸甚亭とはまた違った趣がある。
エレベーターを降りると、カウンター席にその人の姿はあった。私はその女性の隣に座る。
「高千穂マスター。エライジャ・クレイグをロックで。あと隣の女性にエンジェルキッスを」
至日レイ。敵か味方かわからない謎の美女だ。表向きはエモネタの尽きたVJということになっているが、一説にはソビエト連邦時代のKGB諜報員であったとか、果ては北の国のスパイだという噂まである。
「うれしいね、そちらから呼び出されるなんて」
「ちょっと高くなるけど」
「その価値がある情報なら構わないさ」
「そう」
「で、どんな情報何だい?」
「がっつく男は嫌われるわよ。まずはゆっくりお酒と音楽を楽しみましょう」
店内に流れる音楽はまさにこのバーとぴったりマッチしている。著名なピアニストがこのお店のために作曲したそうだ。ピアノの奥には月が丸く輝いている。グラスの氷がわずかに音を奏でる。
高めのお酒を彼女は3杯飲みほした。もちろん私のおごりだ。これは経費で落ちないので、また今月もうどん生活になりそうである。だが、それだけの価値がある情報だということだ。
「緑色のアフロが見えたっていう目撃情報、誰が言ったか気にならない?」
そう。その証言があるので、いまや犯人に一番近いのはヘムたいさんなのである。だが、私はその話に信憑性を持てていない。なにもライバル探偵の手柄を認めたくないということではない。事件が解決するのであれば、それでいいのだ。だが、私の直感がなにかを訴えている。
「ああ。それがずっと引っかかっている」
「そうでしょうね。そう考えていると思った。あの目撃証言、ぴえんちゃんによるものよ」
「ぴえんだと!」
「声が大きい」
今日はたまたま他の客はいない。いや、この美女がそう仕向けている可能性はある。高千穂マスターも私の正体を知る数少ない人物だ。大きな声でも問題はないと思うが、私は少しトーンを下げてつづけた。
「本当なのか?」
「私が今までガセネタ掴ませたことある?」
それはそうだ。ぴえん侍といえば、カボチャ使いの中でまだ話を聞けていない人物、さらにはかねハウスの常連でもある。そのぴえん侍がまるでヘムたいさんが犯人だというような証言をしたということはミスリード、つまりぴえん自身が真犯人の可能性が高い。
「相変わらず、なに考えているか顔に出やすいのね。あの子の居場所でしょ? いまナイビルにいるはずよ」

Night Building 通称ナイビル。ここもまた月光と同様、ゆったりとした夜が流れる場所だ。
心を落ち着かせなければならない。今度こそホシである可能性が高いのだ。
店内に足を踏み入れようとしたとき、物陰へと強く引っ張られた。
「なぜここに」
「しーっ静かに」
私を引っ張ったのは、七種あきのであった。静かに私が口火をきる。
「どうしてここにいるんだ」
「目的は同じはず。ぴえんちゃんを追ってここに」
横にいたみずほコリが話を続ける。
「ヘムたいさんに話を聞いた結果、辻褄があわないことがあって。証言をしたぴえんちゃんが怪しいのではないかと。そちらもそうでしょ?」
「ああ。とある情報網にひっかかってな」
うしろからほむらも顔を出す。
「ボス。おいていかないで下さいよ」
「ほむら、どうしてここが?」
「ボスの居場所くらい、わかりますよ」
「そうか。みんなわかっていると思うが、ここでぴえんに逃げられたら一巻の終わりだ」
あきのが私の目を見つめて話す。
「ええ。だからパンモグさんが正面突破しないように、こうして物陰に」
たしかに、単身正面突破していたら逃げられていた可能性はある。さすがは七種探偵、冷静さを持ち合わせるブルーな猫だ。そんな猫が話を続ける。
「どちらが捕まえても手柄の言い合いっこはなしですよ」
「それはこっちのセリフだ」
「まぁ、わたしもかねあらおじさんとは付き合い長いから、犯人はつかまえたいですからね」
「ここは共同戦線っくまー。さぁ、いくくまよー」
「いやいやちょっと待って、なぜ急にあらわれた、くまクマー」
「かねさんがいなくなって、かねハウス乗っ取るチャンスっくまー。でも、こんな形ではいやっくま。犯人捕まえたいっくまー」
「このクマ、みずほちゃんの動物園から逃げてきたの?」
「え? うちのくまじゃないよ」
「あ、あそこにぴえんちゃんいるっくま」
「一刻の猶予もなしだ。ここは共同戦線。それぞれ違う方向から包囲していこう」
それぞれ分かれて逃げ道のないよう動く。
探偵稼業には慣れてきたつもりだが、ここ一番でのアドレナリンはいまだコントロールできない。このナイビルから逃げられれば別の場所、いやVRCという別世界に逃げられるかもしれない。正面入口は私と熊でおさえた。カウンターの奥からあきの、別の出口はほむら、万が一突破されても二段構えでみずほコリ。鉄壁の構えである。
ぴえん侍まで手の届く位置まで歩を進める。幸い逃げる様子はない。
「ぴえんちゃん。ちょっと話がある」
思った以上に冷静に、唇を震わすこともなく声が出た。不思議そうに顔を見上げたぴえん侍に代わって、カウンターの中から、マスターのはにさんが私に声をかける。
「どうしたの、怖い顔して」
「すいません、はにさん。ぴえんちゃんにはかねあらさんのことで聞きたいことが」
「かねあらさん? いまのいままで一緒に温泉にはいってたよ」
「え? 本当ですか、はにさん」
そう声を上げたのは、店の奥ルートから来たあきのであった。
「うん。本当にちょうどいま帰ってきたところ。かねさんはまだ入ってるんじゃないかなぁ、混浴混浴って楽しんでいたから」
一体どういうことだ。かねハウスでかねあらさんが殺されて、その事件を追ってここまできたはずだ。そのかねあらが温泉に入っている?
「まだ雲海にいると思うので見てくれば?」
「生きてるのっくま? これはいくしかないっくま!」
「いや、だから、なぜ急に仲間に加わった」

旅館 雲海の湯。雲海の空に浮かぶ温泉宿である。各個室には温泉を備え、バラエティ豊かな部屋を揃えるが、特に大露天風呂は人気スポットである。最近では宴会場が増設され、食事も楽しめるらしい。そしてオーナーが清楚で美人でまた素晴らしいのだ。だが、それよりいまはかねあらだ。はやる気持ちを抑えて、大露天風呂へと向かう。本当に生きているのだろうか。
「おーパンダも来たー」
何人かの女の子とともにかねあらの姿はそこにあった。いつもと変わらぬ調子で声を上げる。
「かねさん、無事だったのか」
「へ?」
「さっき倒れていたでしょ」
「ああ。ちょっと急にくらっときて、倒れてたのよ」
「じゃあ、このかぼちゃの欠片は……?」
私はポケットから茶色い欠片を取り出す。
「かぼちゃ? なんだろ。さっき食べかけてたのが口から零れ落ちたかな」
私は手に持っていたかぼちゃの欠片を全力で雲海の彼方に投げ捨てた。
「ん? そうなるとぴえんちゃんの証言は一体……」
そう、あきのが口にしたとき、どこからともなく別の声が聞こえた。
「あーそれたぶん緑色の綿あめじゃないかな」
誰の声だ。あたりを見渡すと、屋根の上に英ちゃんの姿を見つけた。
「英ちゃん! その時、かねハウスにいたの?」
「うん。屋根の上にずっと」
「全部見てたの?」
「んー、ちょっと途中途中寝ていたから」
いたるところで高い所からいつも全体を見ている英ちゃんがいたとは。まず話を聞きに行くべきだった。
「ってことは誰かが緑色の綿あめを持っていたのをぴえんちゃんがみて、同じくらいのタイミングでかねさんが勝手に倒れたってだけの話? 人騒がせな」
あきのがそう言って呆れている隣で、私はなんのために月光で高いお酒をおごったのかという理由を考えていた。たしかにガセネタではないが……これは一杯食わされた。いや、三杯おごらされた。
「みんな揃ってなに考え込んでるんだ。まぁせっかくだから、みんなでお風呂入ろうぜ」
かねあらがいつもの調子で言う。なにはなくとも一件落着である。22時。温泉で疲れをいやし、寝ることにしよう。それにしても気持ちのいい温泉だ。温泉…温泉…
「あれ? ボス、なんか忘れてません?」
「んー? あ! みや猫ちゃん!」

―同時刻 火星銭湯
「ぱんもぐさん帰ってこないから、温泉巡りできないよう、ぐすん」
そこには一人番台で帰りを待つ、みや猫ちゃんの姿があるのであった。

くぅ~疲れましたw これにて完結です!
実は、勢いでアドカレ応募したのが始まりでした
本当は話のネタなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないのでかねハウスネタで挑んでみた所存ですw

と、いうわけでcluster非公式アドカレ、12日目。
KGB諜報員との噂がある至日レイさんからのバトンを飛んでもない方向に投げてしまった熊猫土竜でした。盆踊り、来年もやろうね。
明日は、物語最後のシーンで使わせていただいた雲海の美人オーナー、我らがマドンナhkさんです。
ぶん投げたバトンをリセットして置いていくので、よろしくお願いします!
そして物語への登場を快く了承してくださった皆様、ありがとうございました。

物語内でご紹介しきれなかったワールド。本編中の登場ワールドも含め、気になったら行ってみてね!
助手役:HOMURA様 えむかけのポスターは貼ってある

ライバル探偵役:七種あきの様 探偵事務所があるかどうかは謎

七種探偵の秘書役:みずほコリ様 クマは逃げ出さないのでご安心を

情報屋役:ビスマルク様 たいてい自分のワールドにいない。表か裏。

容疑者役:ぴえん侍様 かわいい


「ふぅなんとかバレなかったくま。905さんワールドからどうにかかぼちゃを持ち出して、うしろから殴ったけど、かねさんしぶといくまね。かぼちゃへのミスリードも、変態さんへの変装も意味をなさなかったくま。今度こそ、かねハウスを手に入れてやるっくま。そのためには探偵、じゃまっくまねーやっぱり途中から見張っていて正解だったくま」
To be continued…?

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