1002
目を開ける
全てが横向きの視界で固定されていた
手足が動かない、というよりか在る感覚がない
換気扇の音が薄ら漏れている
どれ位時間が経ったか分からない
部屋に明かりを通さないからだ
いつもの身体の動かす感覚がわからない
声も出せないし、出し方が分からない
これは困ったと思いながらも定点を見続ける
ドアの鍵が開く音が遠くからした
少しの足音、きっとキッチンに置かれた椅子がきしむ音
座った
ライターを擦る音と、ため息
同じ画角から視界をずらせないでいる
誰かもわからない来訪者の足音が近づいてきた
突然視界が揺れて視界は天井向きに
一生懸命状況を確認しようとするが結果は変わらず
不意の衝撃で意思とは関係なしに声が出た
身体のどこかは分からないが勝手に声が震えている
頭の奥がみちみちと鳴って、キッと擦れる音
頭の別の場所がまたみちみちと鳴る
何回繰り返されたかわからないがそれは繰り返された
少しの沈黙、大きい衝撃が身体に走ったと感じたころ
馬鹿みたいに大きい声が出た
喉笛辺りを押されるような感覚を遠くに感じる
逆側は淡々と震えては叩かれ震えては叩かれ
聞き覚えのあるトライアド
自分が何であるかを悟った
環境は時間とともに順応するもので
衝撃や勝手に発生される事よりも
発している声と出したい声のジレンマの方に
悶々とする事が増えた
たまに思うように繋がる
それでもまだ引っかかる
もう少しちゃんと歌える筈なんだけど
上手に歌えると嬉しい
たまに見える主人の口元がなんとも真剣そうにも見える
喜怒哀楽もそこから掴み取る
それからまた時間が周った
夢ならそろそろ醒めてもいいもんなんだけど、と思う頃
天井向きの視界に代わる事が随分減った事にも気が付いた
ライターを擦る音もなくなった
遠くの方で溜息だけが漏れている
久しぶりに足跡が近づいてくる
今日は視界が上向きになる日かもしれない
思った矢先
視界は黒で一杯になった
クローゼットが閉まる音
遠くでは自分ではない音が鳴っている
主人ではない声も混じっている
自分がケースからあけたばかりの新品
そうじゃないかも定かではなく
新しいだとか古いものだとか
それそのものに正しさはない筈
そもそもまだちゃんと声を出しきれてないまま
でもそうか、ダメだったのは俺か
それとも
久しぶり…な事もない手足の感触
目が覚めた
もう少し大事にしようと思った日
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