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帰り道は星空(西軍:最東対地、木下昌輝)

(お題:別れ)

第1章(最東対地)

 別れは、必ずしも悲しいものとは限らない。私がそれを言うのは些か憚れるが、身をもってそれを知ることとなった。

 銀河に星が光る。数多の星の中にひとつ、異質な輝きを放つ船がある。

 私の乗る船、「アマノガワ」がそうだ。

 流星が身を寄せ合って、ぬくもりを繋ぐ天の川が宇宙空母の名前とは皮肉にもならない。

「そう?私は素敵だと思うけど?」
「現実主義者のお前がいうかよ」
笑わないね、とオリヒメは言った。無表情は私の専売特許だ。心で思って、口には出さなかった。柄で無い。そう思ったから。

「あ〜あ、こんな時にヒコボシがいたらいいのに」
ヒコボシは半年前、戦闘中に行方が分からなくなった同期のひとり。そして、オリヒメを好きになったライバルでもあった。

 奴がいなくなって俺は安心したか。答えはどうだろう。わからない。ただ、おれは・・・。

「右舷、敵機の反応!」
「敵機!? なぜだ、レーダーは探知しなかった」
敵のロイド(ロボット兵器)が至近距離で突然反応をだした。

 そんなことはありえない。ステルスシステムですら、今は解析済みだ。で、あれば新兵器なのか?

「とにかく俺はデネブで出る! お前はベガで出ろ!」
「また・・・戦わなければならないの」
「バカか! 敵のロイドは全AIを搭載している。中に人はいないんだ!」
「でも、もしも人が操縦していたら・・・」
「余計なことを考えるな。こっちのロイドは2機・・・」
「違う! ヒコボシがいる・・・3機だよ!」
コックピットに乗り込み、全包囲モニタが開く。眼前には満天の星空。

 いや、空とは仰ぎ見て頭上遥か高くにあるもの。眼の前に広がるのは星空ではない。銀河だ。

「デネブ、フルバーニア・・・出る!」
「オリヒメ・・・ベガで出撃します!」
敵の反応は一機。普段、敵のロイド軍は最低でも20機の編隊でやってくる。それなのに一機?

 私は嫌な予感を覚えた。

 右舷に突然現れたロイド、これは本当に敵のロイドなのか。まさか、ヒコボシ・・・?

 私はかぶりを振った。そんなわけはない。なぜならヒコボシは・・・

「月の軌道がレッドゾーン。月型の超巨大ロイドが本艦に射程レーダーを放射しています!」
「なに!?」
「射程軌道上に・・・ベガ/オリヒメ機がいます!」
私は叫んだ。

「なにしてるオリヒメ! そこから離れろ!」
「デネブ、回線遮断しています!」
「なにぃ!? おい、オリヒメ! 逃げろ、そこから離れるんだ!」
聞こえるはずがない。月型ロイドの巨界レーザーは星ごと塵にする。照射軌道上にいれば、命どころか魂まで蒸発するだろう。顔が青ざめる。

「オリヒメ! どけ! ・・・いやだ、こんなところでお前と別れるなんて!」
回線を開くスイッチを何度も何度も繰り返し叩く。バーニアをフル出力させる。

 せめて、間に合え!お前に思いを伝える前に、死ねるか!せめて死ぬなら・・・。

「よォ、お困りのようで」
突然、回線に割り込んできた声。誰からなのかモニターを確認するが、強制秘匿回線を使用しており誰かわからない。だが、その声だけは聞き覚えがあった。

「・・・お前は、私が殺したはずだァ!」

第2章(木下昌輝)

 その声を忘れるはずがない。すこし枯れ気味の低い声に皮肉気な声。

 そうあの男だ。ヒコボシ。俺が殺した男だ。

 だが、やつが生きているなどありえない。

 俺は思い出す。あれは木星での戦いだった。木星の輪から奇襲してきた敵のロイドを迎え撃った。オリヒメのベガは以前の戦いで破損しており、俺はヒコボシとふたりで迎撃にでた。

 木星の重力圏での戦いで、俺は敵の弾を受けて被弾したのだ。そのまま、木星の巨大な大地に叩きつけられるはずだった。それを助けてくれたのが、ヒコボシだ。レーザーロープで俺の乗るデネブをつなげて、エンジンを全開にして俺を救おうとした。

「やめろ、俺は見捨てろ」
そう叫んだが無駄だった。敵のロイドが襲ってきて、ヒコボシの機体を攻撃した。

「俺に感謝しろよ」
いつもの皮肉屋の声でヒコボシは俺の機体と木星の間に位置して、そして爆発した。爆風を受けて俺は木星の重力圏を脱出し、そしてロイドたちを反撃して全滅させた。

 そう、俺はヒコボシを殺したも同然なのだ。

 爆発の余韻で漂っていた機体で、ヒコボシの機体を再生させたのは、帰ってきくれてることを祈っていたのか。それともヒコボシの墓標としてだったのか。

「どうした。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
間違いない。二十世紀のドラマが好きなヒコボシは、いつも不思議な比喩で俺たちをからかっていた。

「ヒコボシ、生きていたのか」
「……」
「どうした。生きていたんだろ。答えてくれ」
「残念ながら、生きていない。俺はAIだ」
「AI?」
「そうだ。俺はヒコボシの頭脳をコピーしたAIだ。もしもヒコボシが死んだ時のために、ヒコボシが俺をつくったのだ」

 俺は何も答えられない。

 確かに奴の作戦立案能力はずば抜けていた。奴の頭脳があれば、敵のロイドなど物の数ではない。ピンチのオリヒメも必ずや救いだせるはずだ。

「いいか、俺の指示通り動けるか」
ヒコボシのAIがそう指示を出す。生きている頃とそっくりな声で。

「オーケー。お前の指示に従う」
「お前にしては素直だな。じゃあ、まず右のエンジンを全開にして、左に回りこむ敵を叩け。オリヒメを救うのはその後だ」
「わかった。作戦は任せる」
俺は指示通り、右のエンジンを全開した。

「そうだ。生前のヒコボシからお前に、伝言がある。AIの俺ではなく生身のヒコボシからの最後の作戦だ」
「伝言だと」
この緊急時にか。

「この戦いが終わった帰り道、思いをつたえろ」
「思いを、どういうことだ」
「オリヒメへの思いだよ。安心しろ、お前の思いは必ずや受け止めてくれる。生前のヒコボシと最新鋭のAIが言うんだから間違いないさ」

 畜生、ヒコボシめ。どこまでも嫌味な野郎だ。

 俺の乗るデネブが加速する。照準機の真ん中に敵のロイドをロックオンして、引き金をひく。爆発する、敵のロイド。

 俺はヒコボシのAIに従って、機体を旋回させる。敵の巨大月型ロイドの向こうに、天の川が幾万幾億の星をたたえ瞬いていた。

「いいぞ、帰り道が楽しみだな」

 ヒコボシのAIが、生前と同じような声で俺を励ました。

         了

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3月16日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第5回定例会〜ショートショートバトルVol.2」で執筆された作品を、こちらで公開します。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:今村昌弘、水沢秋生、木下昌輝、最東対地、川越宗一、尼野ゆたか、延野正行、誉田龍一、円城寺正市、遠野九重

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記12名の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトル(今回は「恋してオムレツ」)の作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

当日のライブ感あふれる様子はこちらをご覧ください。

※「帰り道は星空」は、実際はこんな曲です。




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