Daily Life - vol.021 - ラッキーガールと虹


シェリーのお風呂場に中野信子さんがやってきた回を見ていた。数日前の知らせと生理中につき、ホルモンバランスがたぶん乱れていて、眠いのにお腹空いてて、ひとに会いたくないのに寂しい3℃の夜のことだった。

甘いものが食べたくなって、21時頃にコンビニへ行った。こんな時間に人通りの少ない道を不安なく歩けるなんて、日本だなぁと思う。台湾でも似たような安心感があった。でも、ほかの国ではそうでもないらしいと聴く。安心のまま、雪見だいふくを買って帰った。

雪見だいふくは、すこし時間をおいてから食べるのが好きです。そのほうが食感柔らかくもちぃっとするから。もちぃ〜をはみはみしながら、シェリーのお風呂場のつづきをみた。

ホルモンバランスはまるでジェットコースターだな、と2人の身振り手振りを見ていて思った。ひとがあのように手を動かすのは、ホルモンバランスかジェットコースターを説明したいときくらいだと思う。

ホルモンバランスは、排卵と生理で2回も乱れる。そりゃぁいつもと調子がちがうわけだなって、いつも感じていても、こうやって改めて説明された動画を見ると安心する。あたりまえだし、しょうがないものなんだ。

納得するのって、説得されたときじゃなくて、言葉が腑に落ちたときだと思った。安心感がそれを手助けしたのかもしれない。


後半は、ラッキーガールシンドロームについて。シェリーさんの歯切れのよい進行がつづく。ちゃっかり中野信子さんの本の宣伝もされていてぬけめない。気遣いの素晴らしいかただなぁと思った。拍手した。

ラッキーガールといえば、姉のことが浮かぶ。彼女が旅行にでると、空港のキャンペーンや特別クーポンに当選したり、願えば雨晴れてしまうようなところがある。ラッキーガールだ。そういえば、祭屋台でたまごっちも当てていた。とんでもないラッキーガールです、いつも。

一方でわたしは、行事のたびに雨降るし、くじびきには当たらないし。姉は運がいいねと、まわりの人もよく言っている。じゃぁ私は運が良くないほうなのだろうか。交通事故で跳ね飛ばされたのに無傷で生きてるのは、ラッキーじゃなくてミラクルなのでしょうか。

このことを思ったとき、ふと中野信子さんが、「自分の虹を持っておくことなんですよね」という話を始めて下さった。

iphoneのメモ
_ 他人の虹(幸運)をほしがっても、自分の虹(幸運)ではない。それと比べてもしょうがない。なぜならば、幸運の基準はひとそれぞれだから。
_ 自分の虹はなにかを心にとめ、それを探すことのほうが大事。


そういえば比べていじけていた。手前の文章だってそうだと思う。いじけていてダサい。自分のラッキーは自分で認めてあげたらいいと思い直した。

そういえば比べて寂しがっていた。まだ数日前の知らせに戸惑い、その知らせの良し悪しも分からずにSNSをみると、幸せそうな暮らしが広がっている。誰かとの生活、隣にだれかがいること。

春からしばらく離れてしまうので、気軽に会えないのはとても寂しいことなのだと実感してしまう。

ひとの幸せを願えるからといって、自分は自分で楽しく過ごそうという気持ちが整うわけではない。姉はラッキーガールのままでいてほしいと思うし、SNSにでてくる幸せな絵姿も応援している。けれども、比して自分を見ると、なんだか寂しくなってしまう。

その時間って、その思考回路って、その道のりって。もうすこし明るいところを通るようにしてもいいのかも。



ことしは、自分で自分を支えられるようになりたいな。自分のなかの虹をもちたいな。よかったことのほうを、もっと思いだせる脳にしてあげたいな。

よかったことって、本当にたくさんある。

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