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緩和ケアとは?(3-2)

《一般の方向け》《医療関係者向け》 

 定義文でもう一か所注目したいのは、「痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し」という部分です。これはTotal Painという概念を表しています。多くの緩和ケアのテキストに記載されている有名な図が次のものです。

《図》Total Painの概念図
定義文でもう一か所注目したいのは、「痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し」という部分です。これはTotal Painという概念を表しています。多くの緩和ケアのテキストに記載されている有名な図が次のものです。

Total Painの概念図

 このTotal Painという概念を提唱したのも、シシリー・ソンダース女史ですが、患者の痛みは四つの要素からなる、という考えです。患者の痛みを理解しようとする時、医療者が考えるべき四つの切り口と言ってもいいでしょう。この四つの切り口が、定義文における、身体的(Physical)、心理(的)(Emotional)、社会的(Social)、スピリチュアル(Spiritual)に対応しています。
 日本でも心身一如という禅語があります。観念上は心と身体は分けられますが、現実の世界では、心と身体は一体となっていて互いに影響をし合っているということです。例えば、がんによる痛みがあっても、何か夢中になることがあれば、その間だけ痛みを忘れたり、病気に対する不安が強すぎて痛みの閾値が下がり、ちょっとした刺激に対しても痛みを強く感じたりします。
 また、病気によってこれまでどおりの就労ができず収入が減ったりすれば、将来が心配になるでしょう。これが、社会的な痛みあるいは苦痛です。心配事があれば、気持ちが不安定になり、身体的な痛みも強くなりやすい、という負の相互作用があると考えます。
 スピリチャルな痛みは実存的苦痛と言われることがありますが、死を意識した時、治らない病気を自覚した時、身体的苦痛があまりにも強い時などに感じる「自分という存在」への問いかけに伴う苦しみです。
「どうせ死ぬなら、これまでの人生にいったい意味があったのだろうか」
「病気にこれほど苦しめられるとは、自分は神に見放されたのだろうか」
「このまま衰弱が進んでいくなら、自ら死を選ぶことはできないのだろうか」
など、解決策のアルゴリズムがない痛みです。死を意識した時、自分という存在に深く思いをいたして、誰もが無意識に抱えている人間としての哲学的な課題に向き合わざるをえなくなるのです。
 この四つの切り口が、世界中で緩和ケアの基盤であり続けているということは、ヒトは多面的であり、ひとつの軸では、到底、理解しきれない生き物であるということです。

 このように、定義文をつぶさに読むと、そこにはソンダース女史が先駆けて持ち込んだ視点が見えてきます。本文をまとめている筆者も、今回、改めてソンダース女史の達見に触れて、心をうたれています。


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