【エッセイ】必死になったらなんでもやれるのか?

※この記事はすべて無料で読めますが、投げ銭用に有料設定をしております。よろしければ支援してくださると嬉しいです。

私はそれなりに波乱万丈な人生を送ってきて、毎日のように希死念慮に悩まされているわけなのだけれども、死にたいという気持ちを吐露した時に時折言われる言葉のひとつに「必死になればなんでも出来る。死にたいのは甘え」というものがある。

まあ経済的な困窮の原因が「突然襲ってくるパニック発作」とか「予期できない上に頻度の高い体調不良」だったりするので、「必死になればなんでも出来る」というなら何年も通院しても治らないこの病を根絶する方法を教えて欲しいくらいなのだけども(というか寛解はあっても治癒はないと言われるのが精神疾患なので、それがわかった人はノーベル賞取れるレベルの発明家じゃなかろうか)

さて、そういう人の「必死になればなんでもできる」の「なんでも」は何を指しているのだろうか。
まさか窃盗や売春までは指していないだろうし、実際そうだったら「犯罪やらなきゃ生きてけないレベルの苦悩を軽く見すぎだろ」と思うのである。

そういうことを言う人の中で、どれだけが「本当に必死にならないと生きていけない環境」を味わったことがあるのだろうか。

というか、ビタミン飴と水だけで飢えをしのいだことのある私は、充分「必死に頑張ってる」範疇では無いのだろうか。というか、どれだけタフな人でも、数年も頑張り続けたら「もう頑張りたくない」と思うものでは?

……などと思いながら、今日も希死念慮をどうにかやり過ごしています。なんか、ただの愚痴みたいなエッセイですみません。

読んでくださった方、ありがとう。
あなたに少しでも良いことがありますように。

ここから先は

21字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?