石神井でカツ丼を
先日「サンドウィッチは銀座で」を文庫で読み直した。平松洋子さんのエッセイで谷口ジローさんが素敵なイラストを描いている。同じタッグで「ステーキは下町で」(文春文庫)を出されていて、冒頭から、北海道・帯広「豚丼」、鹿児島「黒毛和牛」と豚肉料理の話が続く。
石神井に「朝日屋」という店がある。石神井公園駅からは少し距離があるが、富士街道に面し、石神井警察署の反対側を歩けば分かるはずだ。いかにも町のお蕎麦屋さんという佇まいだが、先日は「かつ丼」を注文してみた。警察署の前でカツ丼を連想したからだが、実際は刑事ドラマの中のお話だろう。
石神井警察署は1995年に現庁舎が完成したらしい。石神井庁舎ほど古くないが、それでも三十年近く経っているわけだ。都内各所から多くの人が免許更新に訪れる。この時初めて「しゃくじい」という地名の呼び方を知った人もいるかもしれない。
相談があって、一度だけ石神井警察署にお世話になった。悪いことはしていない。担当者には丁寧にご対応頂いたが、小部屋に通されて、警察署が緊張する場所であることは確かだ。今でも留置場を「ブタ箱」という人はいるのだろうか。いろんな意味で失礼だと思う。
他の客たちのテーブルを見てみたが、たとえば「けんちん鍋うどん」。昼間はともかく、突然寒くなったから、これからの季節にはふさわしい。「焼肉セット」には麺とご飯がついてくる。
箸袋には「振り込め詐欺撲滅運動実施中 石神井井警察署」と書かれてあって、こうなるとドラマの一幕が思い浮かぶ。今回はかつ丼だったから、次は「上かつ丼」にしようか。
石神井警察署のすぐ前に、人気のない古めの建物が並んで建っている。ひさしの部分にうっすら「ラーメン」の文字と電話番号が残っていて、以前は「龍正軒」という町中華だったようだ。何度も店の前を通ったが、入ったことはなかった。メニューにはカツ丼もあったらしい。はたして署への出前はあったのか、想像がふくらむ。
石神井公園駅の北側に「くうのむ ちゃのま」という居酒屋がある。スーパーの「西友」が閉店したのは昨年の秋なので、早いもので「もう一年か」という感じだ。街灯の表示は気づくと「西友通り商店会」から「石神井通り二丁目商店会」になっている。「ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ」や「ITOHEN」などもこの通りだ。
店内はところどころ和のテイストが取り入れられている。漫画家さんの色紙が飾られているのが、いかにも石神井のお店らしい。
紙のお品書きを見ると、料理の上の方に「ロースカツ」「ヒレカツ」とある。店の外のちょうちんの飾りにも「酒・とんかつ」と大きな字で書いてあって、前を通るたびに不思議に思っていたが、酒場でトンカツという取り合わせも珍しい。オーナーの実家がトンカツ専門店だったようで、納得だ。
ここの「カツ丼」は、三つ葉ではなく、グリーンピースがのっている。大変美味しい。先日はとてつもなくお腹が減っていて、「うまい、うまい」と頭の中で賞賛の言葉を繰り返し、一気に食べてしまった。
おばんざいの他、魅力的なメニューが並んでいて、酒呑みならずとも、そして、一人で入っても十分楽しめよう。
「かつ丼」は丼料理の定番だが、丼の王者ではないか。何と言ってもボリュームがあって、一品だけで満足出来てしまう。トンカツに似た料理は海外にもあるが、カツ丼は揚げたカツをご飯にのせただけの料理ではない。卵とじのカツ丼を生みだした人には、「天才かよ!」と思ってしまう。
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