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上石神井とみんなの「町中華」

 西武新宿線・上石神井駅の南口を降りてすぐのところに、「宝華」という名の中華料理店がある。吉祥寺や西荻窪に向かうバスも通るし、本来、ロータリーがあってもいいところだ。ここでは車と歩行者が開かずの踏切を渡るために、常時競いあっている。急行の停まる駅前の一等地なのに店がひっそりと見えるのは、交通渋滞で割を食っているからと言えよう。
 その宝華はずっと閉まっていて心配であった。いや、閉まっていたのはここ最近に限ってかもしれないが、貼紙もなかったと思う。それが五月も終わりに近づく頃、扉の向こうに客の姿を見つけて驚いた。この機会を逃すまいと訪れた次第だ。 

 店はサンプルケースが通りに面し、赤を基調とした外観は典型的な町中華だが、入り口の脇に正方形のガラスが列になってはめ込まれていて、よく見れば凝ったデザインである。緑のカウンターも珍しい。色あせた献立は年期を感じさせるが、味わい深い。
 下調べもせずに、餃子と炒飯を注文した。食事の間、客は入れ代わり立ち代わりやってきて、一組は家族連れ。親はビール、子どもはサイダーを頼んだ。まるで昭和の一風景に紛れ込んだみたいで、餃子は自分が子どもの頃食べたような懐かしい味がした。
 一人で切り盛りして、注文が来ると、ぱっと作って熱々を提供する。当たり前のことなのだろうが「体力勝負なんだろうな」と思う。一見の客の私が、休んでいた理由を聞くのも変なので止めた。

餃子とビールと

 少し前に出た本だが、「町中華探検隊がゆく!」(交通新聞社)を読んだ。各店の来歴が載っていて興味深い。それによると、浅草橋や堀切菖蒲園と並んで、荻窪も町中華の密集地帯らしい。町中華は昭和食文化の代表格だが、気の置けない店が多い。本を読んで各町の別の表情が分かって、こういう光のあて方もあるのかと思った。

 密集地帯とは言えないにせよ、上石神井も、街中華にはことかかない。「ジャンボ餃子」でよく知られているのが「一圓」だ。本店は吉祥寺にあったが、こちらは閉店している。入口にロードバイク用の吊り下げラックがあるので、自転車乗りはジャージを着て行ってみるといい。サイクルキャプをかぶっている店主が恰好に気づいてくれるかもしれない。
 ここはますます混んでいる。ただ、店の中はゆったりしている。ラーメン、炒飯とどれもいいが、寒い時期、ワンタンの美味しさに気づいた。

「一圓」ワンタン麺

 同じく地元で愛されているのが、青梅街道を越えたところにある「梁山泊」である。練馬区ではあるが、住所は石神井ではなく「関町」で、上石神井からもかなり歩くし、最寄りと呼べる駅はない。
 ここもやはり混んでいて、入口の前ではよく人が並んでいる。客の多くが「肉あんかけチャーハン」を頼む。気になっていた「リャンバン豆腐」はピリカラの冷奴だった。若い頃は餃子にビールだったけれど、最近は自然と量をセーブしまう。それも町中華の醍醐味だが、年相応の参加の仕方もあると思う。

迫力満点のレバニラ

「二葉」「閻有記」「チャイナダイニング龍」など、上石神井にはチェーンも含め、他にいくつも中華料理店があり、それぞれ個性がある。
 二十年近く前、練馬を特集した雑誌には「聖樺」という台湾料理店が載っていた。上石神井駅から五分程度のところで、今もひさしの部分に店名が読める。いわゆる町中華とは違うのかもしれないが、すいぶん前から開いている気配がない。時々、店の中から音が聞こえる。営業中であれば、中途半端な情報で申し訳ない。
 コロナ禍を経て、一息ついた時期もあったか分からないが、個人経営の店は一般に後継者問題が大変だ。応援するには足しげく通って食べることだが、上石神井駅界隈は今後に大工事が予定されている。街の形自体変わっていくことが決まっているというのは、何とも中途半端な気分だ。

「末宝園」でランチ。ミニチャーハンもついている


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