比推力?特性排気速度? ロケットエンジンのパラメータを解説します!
今回は,ロケットエンジンの推進性能パラメータの解説です.
ロケットを調べていると,推力や比推力,特性排気速度,推力係数といったパラメータに出会います.
本記事は,これらのパラメータについて直感的な理解を目指します!
①推力 「ロケットを持ち上げる力」
まずは,最も基本的な推力から説明します.ロケットエンジンは,ノズルから燃焼ガスを高速で噴射し,その反作用が推力となります.ロケットを打ち上げるには,「ロケットにかかる重力以上の推力」を発生させる必要があります.当たり前のように聞こえますが,ロケットの重量は数百トン~数千トンになることもあり,非常に大きな推力が必要なのです.
ロケットの推力の原理
下記の図は,質量流量$${\.m}$$の燃焼ガスを速度$${V_e}$$で噴射する様子です.断面積$${A_e}$$のノズル出口面における燃焼ガスの圧力を$${p_e}$$とすると,推力は以下の通りです.
$$
F = {\.m}V_e + A_e(p_e - p_0)\\
\\
{\.m}:燃焼ガス質量流量[kg/s] v_e:ノズル出口速度[m/s] A_e:ノズル出口面積[m²]\\
p_e:ノズル出口圧力[Pa] p_0:ノズル背圧[Pa]
$$
ここで,$${\.mV_e}$$は運動量推力 , $${(p_e - p_0)A_e}$$は圧力推力と呼ばれます.圧力推力に関して,ノズル背圧$${p_0}$$はロケットが飛行する高度に依存し,海面上では約0.1MPa,宇宙空間では0となります.
ノズル出口での燃焼ガス圧力$${p_e}$$はノズル膨張比(出口面積/スロート面積)によって決まります.膨張比が小さいと,$${p_e}$$が大きくなるため,圧力推力は大きくなります.しかし,その分ガスは加速されず$${V_e}$$が小さくなります.これは推力の発生形態として効果的ではありません.このような状態を不足膨張と呼びます.
では,どのような条件で推力が最大になるかというと,$${p_e = p_0}$$のときに推力が最大となります.これは適正膨張と呼ばれます.ノズル膨張は以下の3通りを覚える必要があります.
(a)過膨張$${p_e < p_0}$$
ノズル出口での燃焼ガスの圧力がノズル背圧より小さい.ある程度の過膨張は許容できるが,限界を越えるとノズル壁面の流れが剥離する.
(b)適正膨張$${p_e = p_0}$$
ノズル出口での燃焼ガスの圧力が背圧に等しい.詳細は後述する推力係数にて紹介.
(c)不足膨張$${p_e > p_0}$$
ノズル出口での燃焼ガスの圧力がノズル背圧より大きい.まだ燃焼ガスを加速できる余地があり,もったいない状況といえる.
ここでポイントとなるのは,ノズル背圧$${p_0}$$がロケットの飛行高度によって変化するという点です.例えば,高度ゼロの海面上$${p_0=0.1 [MPa]}$$で適正膨張となるようにノズル膨張比を選定すると,高高度ではノズル背圧が低下し不足膨張となってしまいます.1段目エンジンは海面上から高高度まで使用されますが,実は海面上より高高度での作動時間が長いのです.そのため,多くのロケットは海面上で過膨張となるようにノズル膨張比を設計し,高高度で高い性能を発揮できるようにしています.つまり,海面上の性能を犠牲にして高高度での性能を優先しているのです.
②有効排気速度 「推力の記述に便利なパラメータ」
推力の式は以下のように表現することができます.
$$
F = {\.m}v_e + A(p_e - p_a)\\
\\
= {\.m}\{v_e +\frac{A(p_e - p_a)}{{\.m}}\} = {\.m}c \\
$$
この式変形により現れた$${V_e+\frac{A(p_e - p_a)}{\.m}}$$を有効排気速度といいます.これは,実際に何かの速度というわけではありませんが,推力や比推力を記述するのに便利なパラメータです.例えば,後述する比推力との関係は$${c=I_{sp}・g}$$となります.
③比推力「 ロケットの性能を表すアイ・エス・ピー」
比推力$${I_{sp}}$$ (アイ・エス・ピー) はロケットの性能を表す重要なパラメータです.その本質は「ある推進薬重量でどれだけ推力を発生できるか」です.比推力が高ければ「少ない推進薬で大きな推力を発生させる」ことができます.比推力の定義は以下の通りです.
$$
I_{sp} = \dfrac{\int_{0}^{t} Fdt}{g_0\int_{0}^{t} {\.m}dt}
= \dfrac{F}{{\.m}g_0} [sec]\\
\\
F:推力[N] {\.m}:推進薬質量流量[kg/s]\\
$$
繰り返しますが,比推力の本質は「推進薬重量に対してどれだけ推力を発生できるか」です.なので,$${I_{sp}=\dfrac{F}{\.m}}$$と書きたいところですが,慣習的に重力加速度$${g}$$で割って単位を秒にするのが一般的です.$${I_{sp}=\dfrac{F}{\.mg} [sec]}$$
比推力は,推進薬の種類やエンジンサイクルでおおよその値が決まります.下記文献によると,LE-9エンジンの比推力は425[秒]ですが,LE-7Aエンジンの比推力は440[秒]となっています.最新のLE-9よりも過去に開発されたLE-7Aの方が比推力が高くなっていますが,これはエキスパンダブリードより二段燃焼の方が高比推力なエンジンサイクルであることが主な理由です.ただし,エキスパンダブリードサイクルは部品点数が少なく低コストであるという利点があります.実際,H3ロケットの打ち上げ費用は,H2Aロケットのおよそ半額である50億円と言われています.
④特性排気速度 「燃焼特性はシー・スターにおまかせ」
続いては特性排気速度$${C^*}$$(シー・スター)です.
比推力がロケットの性能を表すことは前述のとおりですが,ロケットの性能と一口に言っても,エンジンサイクル,ターボポンプ効率,燃焼性能,ノズル性能など様々な要因から性能が決まります.これらのうち,「燃焼に関する性能」を取り出して評価できるのが特性排気速度$${C^*}$$です.そして$${C^*}$$は実験から求められる値$${C^*_{exp}}$$と理論的に計算される値$${C^*_{th}}$$が存在する点に注意が必要です.
特性排気速度(実験値)
燃焼に関する性能と言っても抽象的でわかりづらいですね.ロケットは燃料と酸化剤をインジェクタから噴射して燃焼させます.燃焼が起これば,燃焼器内で圧力や温度が立ち上がります.このとき,燃焼温度は3000Kを超える高温であるため,温度の測定は困難です.そこで,測定可能な燃焼圧力を代表させて燃焼状態を評価したものが$${C^*_{exp}}$$です.
$$
C^*_{exp} = \dfrac{P_c A_t} {\.m}\\
\\
P_c:燃焼室圧力[Pa] A_t:スロート面積[m³] {\.m}:推進剤質量流量[kg/s]
$$
下記のグラフは,UDMH/NTOを混合比1.90, Pc=1.9MPaで燃焼させたときの燃焼室特性長さ$${L^*}$$と特性排気速度$${C^*}$$の関係です.$${L^*}$$の増加とともに$${C^*}$$が増加していますが,あるところから一定値に漸近しています.これより,いたずらに$${L^*}$$を大きくすると,燃焼性能は上がらずに,燃焼器重量や冷却面積の増加,摩擦損失といった悪影響が生じることが分かります.ただし,エキスパンダ系のエンジンは吸熱量を確保するため燃焼室を長くする場合があります.
特性排気速度(理論値)
$$
C^*_{th} = \dfrac{\sqrt{\gamma RT_c}}{\gamma\sqrt{[\frac{2}{\gamma +1}]^\frac{\gamma +1}{\gamma -1}}}\\
\\
\gamma:比熱比 R:気体定数[J/(kg・K)] T_c:燃焼温度[K]
$$
非常にややこしい式なので,丸暗記する必要はないでしょう.理解すべき点は$${C^*_{th}}$$が,比熱比$${γ}$$,気体定数$${R}$$および燃焼温度$${T_c}$$の関数であるということです.これらは燃焼ガスの特性値であり,$${C^*}$$は推進薬の種類や混合比$${O/F}$$に大きく依存することが分かります.特性排気速度を大きくするには,①燃焼ガスの分子量が小さい(気体定数が大きい)こと,②燃焼温度が高いことが求められるわけです.
実験値と理論値から$${C^*効率}$$(または$${\eta C^*}$$)が定義できます.これは,理論値に対して実際の燃焼効率を評価するために用いられています.インジェクタの推進薬混合性能や燃焼室長さに問題があれば,$${C^*_{exp}}$$が低下して$${C^*{効率}}$$が悪くなります.ゆえに,C*効率でインジェクタや燃焼室の設計品質を確認できます.
$$
C^*効率 = \dfrac{C^*_{exp}}{C^*_{th}}
$$
ここで,Rocket CEAというツールを用いて,液体水素と液体酸素の燃焼における特性排気速度の理論値$${C^*_{th}}$$を計算してみました.縦軸に$${C^*}$$,横軸に混合比$${O/F}$$をとり,燃焼圧力$${Pc=1,3,10 [MPa]}$$における結果をグラフ化しました.特性排気速度は化学量論比($${O/F=8}$$)ではなく,水素リッチ($${O/F=3.5}$$程度)で特性排気速度が最大となっています.これは水素の未燃成分の影響で燃焼ガスの平均分子量が小さくなるからです.
⑤推力係数 「ノズルの性能を表す無次元パラメータ」
最後は推力係数$${C_f}$$です.推力係数はノズル特性を表すパラメータですが,その式は非常に複雑です.まずは導出過程からみていきましょう.
出発点は推力の式です.
$$
F = {\.m}v_e + A_e(p_e - p_0)
$$
ここで,ノズルスロート部はチョーク状態(マッハ数1)であり,そのときの流量は次の理論式で表されます.
$$
{\.m} = \dfrac{A_t P_c}{\sqrt{RT_c}} \sqrt{\gamma (\dfrac{2}{\gamma + 1})^\frac{\gamma +1}{\gamma - 1}}
$$
この流量$${\.m}$$を推力の式に代入してみましょう.
$$
F = A_tP_c\sqrt{\frac{2\gamma ^2}{\gamma - 1}(\frac{2}{\gamma +1})^\frac{\gamma +1}{\gamma - 1})[1-(\frac{p_e}{P_c})^\frac{\gamma - 1}{\gamma}]}+ A_e(p_e - p_0) = C_FA_tPc\\
\\
C_F=\sqrt{\frac{2\gamma ^2}{\gamma - 1}(\frac{2}{\gamma +1})^\frac{\gamma +1}{\gamma - 1})[1-(\frac{p_e}{P_c})^\frac{\gamma - 1}{\gamma}]}+ \frac{A_e}{A_t}\frac{(p_e - p_0)}{P_c}
$$
これより推力$${F}$$はスロート面積$${A_t}$$と燃焼室圧力$${P_c}$$に比例することが分かりました.推力係数は,スロート面積と燃焼室圧力の積$${A_t・P_c}$$に対する係数となっており,推力係数が大きいほど推力が大きくなることが分かります.
そして,推力係数$${C_f}$$は,比熱比$${\gamma}$$,ノズル圧力比$${\frac{p_e}{Pc}}$$,ノズル膨張比$${\frac{A_e}{A_t}}$$,ノズル背圧$${p_o}$$,燃焼室圧力$${P_c}$$の関数となっています.
下記のグラフはノズル膨張比と推力係数の関係です.曲線が多くて複雑ですが,例えば$${\frac{p_1}{p_3}=50}$$の曲線に注目してください.ここでの$${p_1}$$は燃焼室圧力,$${p_3}$$はノズル背圧です.つまり,燃焼室圧力がノズル背圧の50倍という条件です(燃焼室圧力5MPa, ノズル背圧0.1MPaなどが該当).このとき,ノズル膨張比が7付近(点線との交点)で推力係数が最大となっていることが読み取れます.この点線は適正膨張(ノズル出口における燃焼ガスの圧力とノズル背圧が等しくなる膨張比)を示しています.これより,適正膨張で推力係数が最大,つまり推力が最大となることが分かります.さらにノズル膨張比を大きくすると,過膨張により推力係数は低下し,やがて剥離限界を迎えます.(Unaboidable flow separation)
上記グラフについて,$${\frac{p_1}{p_3}=∞}$$の曲線に注目してください.この曲線は推力係数が単調増加しています.これは,ノズル背圧が真空($${p_3=0}$$)のとき,ノズル膨張比を大きくするほど推力が増加することを意味します.しかし,増加は徐々に緩やかになり,ノズル重量も考慮すると,ある程度の膨張比で打ち切る必要があります.
下記はSpaceX社のラプターエンジンです.大きさの異なる2基のエンジンが並んでいますが,実はほぼ同じエンジンで,大きな違いはノズル膨張比だけです.左側は通常のRaptorエンジンで,ノズル膨張比は33程度です.一方,右側の巨大なエンジンは真空環境で使用するRaptorバキューム(Rvac)であり,ノズル膨張比は80と言われています.
(https://youtu.be/SA8ZBJWo73E?si=Z0MYDAvPe6x5CpsI&t=198)
いかがでしたでしょうか?
ロケットエンジンの推進性能を評価するパラメータはさまざまですが,場面に応じて使い分けることが重要ですね.
ご意見や質問,ご指摘等ございましたら,お気軽にメッセージいただけますと幸いです.
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