バルーンアーティスト及びバルーン業界の生存戦略について

風船使いたけむぅ〜氏の一編の論考が業界内で話題を呼んでいる。
 バルーンアーティストとして生きることの難しさと、プロになる上での心構えについて論じた記事は、氏のツイッターアカウントでも多くのいいねを集め、議論はさらなる広がりを見せている。

【コラム】バルーンアートを仕事にするというと

ちょっと補足”【コラム】バルーンアートを仕事にするというと”

 本稿は、「バルーンアートで生計を立てることは茨の道である」とするたけむぅ〜氏の言説には賛同しつつ、プロとしての生存戦略(上記の記事で言うと、主に”ちょっと補足”の部分)に関する意見については、「働き方を萎縮させかねない」との立場で、批判的な意見を交えて論じていく。

■バルーンアートの難点と、今後の業界の展望

たけむぅ〜氏は、バルーンアートで生計を立てることが非常に難しいことを、1つ目の記事で強調している。その論理は、まとめると以下の通りである。

1. 需要の問題→ワークショップでは顧客の絶対数が足りない・マルシェでは客層が違うため利益にならない・ノンキャラの需要が少ない

2. 風船の性質に起因する問題→パーツの作り置きが出来ない・外的環境に左右されやすいため、ワークショップや配送の規模・範囲が制限される。

3. ワークスタイルの問題→出張が多いため働きにくい・周囲からの理解が得にくい

これについては筆者自身も全面的に賛同するし、バルーンに携わったことがある人なら多くが頷ける内容であろう。上記の困難によって働き方が制限される→それ故に人口も需要も増えないという悪影響が出ていることは容易に想像できる。そのため、バルーンアーティスト及びその業界が今後発展していくためには、働き方の多様性を確保することが必須であると私は考える。困難をすべて一度に解決できるような魔法の施策は難しいにしても、一部が解消・軽減されたような働き方がいくつかあるだけでも、参入障壁を低くし、裾野を広げる効果があることは容易に想像できるからだ。また、働き方が多様になるほど、需要の形態が多様になるという点も特筆すべきである。

■「正しい方法」を規定してしまうことの危険性

さて、上記の困難を踏まえた上でたけむぅ〜氏は、2つ目の記事でプロとして生きることの心構えを説いている。まとめると以下の通りである。

・市場が飽和していることを理解し、その中での競争を勝ち抜くような施策を実施しなければ十分な収入を得られない

・そのためには自分で自分のプロデュースやマーケティングをしていかないといけない

・SNSへの投稿等ではなく、営業など、自分を認知してもらうような正しいマーケティングを心がける。

・なぜバルーンなのか、なぜプロなのか、目的意識を持って行動する

たけむぅ〜氏の意見には賛同できる部分も多い。そもそも氏は「今現在のバルーン業界」に的を絞って論じているのだから、上記の意見は完全に正しいとも言える。しかし、「このような言説が定着することで、今後のバルーン業界にどのような影響があるか」という観点で見ると、たけむぅ〜氏の意見はかなり危険な側面を孕んでいると考える。それは、氏の言説に以下のような前提が置かれているからである。

a. バルーンの市場はすでに飽和しており、その中での競争を勝ち抜く施策こそが「正しい方法」である。

b. 意識を高く持ってプロを目指す人が増えれば、業界は良い方向に向かう

まず、aについて論じていく。以下はたけむぅ〜氏の記事からの引用である。

働き手のニーズに対して、市場が飽和してるんです。そこを乗り越えなければ、
食っていける仕事は今はほとんどないです。
上手くなりさえすれば、自分のこだわりに、いつか誰かが気付いて売ってくれる。みたいな気持ちでいると必ず取り残されます。そんなことは、これからの時代、絶対ない。
■間違った宣伝の例え
SNSに投稿してる??
(中略)
え、YouTubeに作り方動画あげてる??いやいや、それで一体いくつの仕事が来るんだ…
(中略)
パフォーマーがYouTube動画作るなら作り方じゃなくて自分を覚えてもらえるよーに、エンタメを配信せんかぁああい‼️‼️

これらの意見は、いずれも「既存の市場のシェアを奪いに行く」という立場からのものである。一般論だが、会社員以外の人が仕事を得るためには、大きく分けて「既存の市場のシェアを奪いに行く」と「市場を新たに作り出す」の2通りがある。後者の例を挙げるとすれば、ネット(主にSNS)で話題になった「空箱職人はるきる氏」や「株式会社ウナギトラベル」などだろう。はるきる氏は空箱工作、ウナギトラベルはぬいぐるみの旅行代理店という、今までにほぼ無かったジャンルを開拓し、仕事を得ることに成功している。これらは、「自分の好きなこと・こだわり」を上手く仕事化することに成功した例だろう。たけむぅ〜氏は「自分のこだわりに、いつか誰かが気付いてくれるなんてことは、これからの時代、絶対ない。」と言っているが、逆である。営業等が重要な手段の一つなのは相変わらずであるが、インターネットが自身の活動を拡散してくれるようになった今、人々はより多くの労力を「自分のこだわり」に割けるようになっているのである。

もちろん、今のバルーン業界の規模・認知度では、上記のような成功を掴むのは中々難易度が高いと思う。繰り返すようだが、たけむぅ〜氏は今現在のバルーンアート業界に着目した上で論じているため、間違ったことは言っていないのである。しかし、ネットを駆使して宣伝・起業を成功させている人が多くいる状況で、SNSの投稿等を最初から「間違った宣伝の例」と表現してしまうのは悪手であると筆者は考える。例えば、先日話題になったインスタグラマーのような働き方(企業とのタイアップ・宣伝など)が実現すれば、少なくともバルーンアートの困難1と2は解決できるのである。

また、たけむぅ〜氏がSNS投稿を間違った宣伝の例として挙げている根拠にも疑問が残る。

例えば、Facebookのアクティブユーザーは、登録者数のたった約17%(2018年)その中のいったい何人がバルーンアートに興味あるんだよ…

言うまでもなく、SNSマーケティングで重要なのはアクティブ率よりも数である。例えば、facebookは世界中の人々が登録しているSNSであり、登録者数は24億人とも言われている。アクティブ率が低くても、潜在的な顧客は多く存在するのである。事実、あみぐるみ・レゴブロックのようなジャンルでも、万単位のフォロワーを獲得し、仕事につなげている例は数多く存在する。

次に、bに関してである。これは「裾野を広げる」という観点から非常に致命的であると筆者は考える。裾野を広げるということは、「質より量を重視する」ということである。より正確に言えば、量が質を生むのである。有名なyoutuberのHIKAKIN氏然り、「好きなことを続けていたら仕事になっていた」というケースも数多く存在する。成功者の全てが最初から崇高な理念や目的意識を抱いていたわけではないのは、SNSのアルファアカウント等を見ても一目瞭然である。そのため、「意識を高く持ってプロに挑むことが”正しい”ことである」という価値観のもと、新参者を「足切り」してしまうことは、メリットよりもむしろデメリットのほうが大きいと筆者は考えるのである。

最近、バルーンアートを仕事にされてる方は、「ちょっとした副収入に〜♪」って人が、多いのではないでしょうか。けど、その意識の低さが、作品に影響して、世の中のバルーンアートのイメージを下げることに大きく貢献している場合もあります。

もちろんたけむぅ〜氏が指摘するような事も実際には起こっているだろう。ただ、このようなデメリットは、業界の裾野を広げるための「必要経費」と割り切る勇気も必要なのではないか。当然のことながら、エリートだけを選別しながら人口を増やすというのは現実的に不可能である。医療従事者のような職業の場合はその限りではないが。(これは、高給と社会的地位と言った見返りが与えられるからである) バルーンアートのようなジャンルでは「他人の権利を侵害しない、と言ったようなギリギリのラインを守っていれば、最大限自由が尊重される」という形態を取ったほうが、最終的なメリットは大きくなると筆者は考える。

■結論〜「正義」を規定することは必要なのだろうか

今回の記事に限らず、「これは間違った作り方である」「このやり方は違う」等の言説をバルーン業界内で耳にする機会が増えてきたように思う。それらは「今のバルーン業界」に着目した場合は正しいのかもしれない。ただ、その正義は未来の多様性を潰す可能性は無いか、一歩引いて考えることも重要だと思う。今の常識は、一昔前には非常識だったのである。もちろん人の作品を盗作しない・無断転載しないといったラインは厳密に守る必要があるだろう。だが、そういった事以外については、どうか寛容な業界であってほしいと願うばかりである。


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