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立ち食い蕎麦屋のとなりの席

「…馬鹿野郎」と小声がとなりの席(といっても立食いなので席はないが)から聞こえてきた。
「?? このおっさん、おれに言ってんじゃねえよな?」。念のため、ゆっくりだがはっきりと分かるように、顔をとなりの席(といっても立食いなので席はないが)に向けた。
おっさんは真ん前の壁をじっと見ていた。手は、壁の手前に置かれた入れ放題の葱壺に伸びている。ふん。お前も大変なんだな、おれはゆっくりと視線を戻した。

「…ふざけやがって…畜生」。またか。ゆっくりと、だが、さっきより大きな動きで、はっきり分かるようにおれはおっさんの目を覗き込む。
ガシャン。七味唐辛子の容れ物がおっさんの手からこぼれ落ち、パーテションをうまいこと避けておれの方へと転がってきた。
「すいません、ほんとすいません!」慌てた調子でおっさんが小声で詫びる。目線は決しておれの方には向かない。

おれも真似して小声で呟いてみた。それからズズっとそばを啜った。いつもよりほんの少し旨いような気がした。

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