創作「腐し草」

生配信を生きがいにしている私にとって、チャットの投稿は命と同じくらい大切だ。配信画面に流れる文字の内容によって、配信者の調子も変わってくる。だから、面白い発言をしたときは、「www」と打ち、エンターキーを押す。「草」でもいい。「笑笑」でもいい。とにかく、その言葉によって視聴者がどう感じたか。どう思ったのかを素直にキーボードに移す作業。意味が分からないときは「?」を打つ。視聴者を煽るような発言には「は?」。大声を出したときは「うるさ」。とにかく、私が感じたことを、そのまま文字にし、配信画面上に流す。これにより配信者は視聴者の反応を即時、直接見ることができ、もっと面白い、良い配信を行える。テレビの番組や生放送と違い、視聴者と直接やり取りができるのが、私がTwitchやYouTubeを愛する理由だ。


私が大好きな配信者で、中でも一番応援しているのが「ゲーム実況者 サスライ」だ。2週に一度ほどの配信ペースで、時間帯は平日の深夜であることが多く、私の生活リズムとは相性が悪い。ただし先述してあるように、配信は私の生きがいである。だから、サスライが配信をする日は夜更かしをして配信画面を開き、キーボードに手を添えたまま、朝を迎える。
毎日やっていたなら、毎日見ることになり、きっと普段の生活にも大きな支障を来しただろう。2週に一回のペースが、丁度良く日常に刺激を与える。

もちろん、私がサスライを応援している理由は配信ペースだけではない。

彼の配信では、基本ゲームをしないのだ。「ゲーム実況者 サスライ」というチャンネル名でありながら、アーカイブを見渡しても、ゲーム実況をしている配信は数えるほどしかない。大体が「雑談配信」「チェーン店監査配信」で構成されている。ちなみに「雑談配信」とは、名前の通りサスライがコメントを拾いながら雑談をする配信。「チェーン店監査配信」とは、飲食チェーン店の新商品をサスライが食べ、味を評価する配信のことだ。
私はこれまであまりゲームに触れてこなかった。だから、配信では行われがちなゲーム実況だが、敬遠するきらいがあった。私にとって、配信者の評価基準はゲームの内容よりも、配信者の話が面白いと思えるかどうかにある。

その点で、サスライの話術は群雄割拠だ。男性の配信者であれば、下品な話題をする人も多いのだが、サスライはそういった話を一切することがないのに、それでいて面白い。お笑い芸人なんかより、彼がテレビに出た方が、現代だったらその方が良いんじゃないか、なんてことをしょっちゅう考える。


と、ここまでが建前。

私が彼を応援している一番の理由。

サスライは顔を出したことがない。既にファンアートが何枚か出ており、サスライの風貌を、勝手に塩顔爽やか黒髪イケメンと想像している民生が大勢いる(民生とは、サスライを応援している人の俗称だ)。
だが、私は違うと思う。

絶対、爽やかマッシュイケメンではない。

ファンアートより、もっと太ってるし、もっと短い髪型だし、ちょっとブサイクだ。

そうであってほしいとさえ思っている。


私の職場に、奥田という入社3年目の男性がいる。
身体に少し肉が付いた、短髪の青年だ。決してイケメンと言える顔をしていないが、温厚そうな見た目で、それでいて常にエネルギッシュに仕事をしており、周りで奥田くんを悪く言う人を見たことがない。

この奥田くんが、そっくりなのだ。

私は彼とあまり会話をしたことがない。職場は一緒とはいえ、業務が違えば話す機会もなかなかない。でも、他の人との話し声を聞く限り、そっくりなのだ。
彼が、ゲーム実況者 サスライだ。確証とはいえないが、話し方もどことなく似ている。



入社五年以内の社員全員で飲みに行くことになった。

ここが質問するチャンスだ。

もちろん、サスライが身を隠す配信者であるのなら、身バレは彼にとって一番嫌なトラブルだろう。応援する視聴者としても、できるならそれは避けたい。

ただ、この質問がなければ、彼と会話する機会なんて一向に訪れない。
気になる相手に話しかける。これは恋愛初級者の私にでもわかる、好きな人を恋人にする方法第一条だ。


私は奥田くんの席からかなり離れた位置にいた。話しかけるには店の端から端まで歩かなければならない。周りの同僚と仕事の愚痴や私生活を話しながらも、奥に見える奥田くんのテーブルを覗く。覗いたからといって、チャンスがあれば話しかけに行くのかどうか、自分でも分からない。

同期との会話はなかなか尽きなかった。もう奥田くんのテーブルへ行くことは叶わないだろうと諦めかけたそのとき、奥田くんが席を立った。
店の入口へと向かっていく。トイレだ。
社員の誰の目にも留まらず会話できる絶好の場所。それがトイレ前。私は愚痴が調子づいてきた同期を遮り、トイレへと向かった。

女子トイレはドアノブの横に小さい赤色が現れていた。このまま待っていれば、奥田くんと鉢合わせるかもしれない。
少し心拍数を上げながら待っていると、男子トイレの横にあるドアが小さく空いていることに気付いた。誰かの会話が漏れている。

「それで言うとさ、配信のコメントでよく、wwwとかが流れるじゃん」

小さく空いているドア。そこには、喫煙所と書かれていた。

「あれって、どういうつもりで書いてんのかな。いや、悪口とかじゃなくて、単純な疑問だよ?」

どこかで聞いたことのある声だった。確か、同じ職場の霧崎くん。
誰かと会話してる。しかも、私が生きがいにしている、配信のこと。

霧崎くんの言葉を受けて、もう一人が答えた。

「いや、俺も意味わかんない。だって普通、笑ったとき、文字打たないもんな」

私は目の前がゆっくり歪んでいったような感覚に陥った。さっきまで飲んでいた梅酒のせいであってほしい。でも、歪んだ先に捉えたドアノブの横の青色が、酒のせいではないことを明確にしていた。
男子トイレには誰も入っていなかったのだ。


家の電気を点ける。いつもより暗い。昨日まで可愛いと思っていた、カレンダーに載っている兎の写真が鬱陶しい。

「いや、俺も意味わかんない。だって普通、笑ったとき、文字打たないもんな」

脳が勝手にあの言葉を何度も再生する。あの瞬間、私の脳で繋げていた点と点の間の線を、大鉈で断ち切られた。

奥田くんは、私のことを嫌い、と言ったわけではない。でも、私が生きがいとしていることが、奥田くんは意味不明だと言った。

サスライが、あのチャットが不快だ、と言ったわけではない。でも、サスライだと思っている人に、普通じゃないと言われた。


アルコールが回っているのもあり、頭も体も限界を迎えようとしていた。
このダメージに勝てるのは睡眠しかない。風呂は朝起きてから入ろう。
着替えもせずベッドで横になる。もうそろそろで眠りにつく。

その瞬間、スマホの通知音が鳴った。
脊椎反射のように目を見開き、画面をタップする。
通知欄には「ゲーム実況者 サスライ[雑談配信]」と書かれている。
あんなことがあった後でも、体は勝手に動いている。縋りつく思いで、配信画面を開いた。


実は今日、飲み会があってさ。
(水を飲む音)
そこで、友達とちょっと配信の話になったの。でも俺、家族含めて誰にも配信やってること言ってないから。ああ、兄ちゃんと妹以外誰にも言ってないから。もちろんその友達にも言ってなくて。
それで、そこでさ、友達が「配信でよくwwwとかコメントされるじゃん。あれって、どういう意味でやってんのかな?」みたいに訊かれたのね。え、こいつ、もう知ってんの?みたいな。じゃあ、こいつがもう知ってるなら、周りの人結構に知られててもおかしくないじゃん、みたいな。
(水を飲む音)
でも、知られてない可能性もあるじゃん。てか、口調的にも、普通に会話の中で出た素朴な疑問っぽかったの。いや、これ、バレてはないぞ。って思って。でもちょっと怖かったから俺も「いや分からん。だって、普通笑ってるときって文字打たないもんな」って言った。

ははは、いや、思ってないよ!嘘じゃん!ごめんごめん!
いや、俺は分かってますよ?皆さんが俺の配信盛り上げるためにやってくれてるの。いや、ほんといつもありがとうございます。感謝感謝ですよ、本当に。

だから「もうやめるわ」じゃなくて。まじで今後もお願いします。コメントの皆さんのおかげで俺もやれてるわけですから。持ちつ持たれつみたいな感じでいきましょ。


配信画面には、サスライのデスクトップが映っている。ネットで話題に上がったものを直ぐに映せるように、予め映していいものだけにしてあるデスクトップが画面上に現れている。
ブルーライトを浴びた私の眼は、いつの間にか渇いていたようだ。こめかみに向かって涙が流れていく。
私は途端に眠たくなり、2週間ぶりに深い眠りについた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?