創作「憩い」

俺は今日、5万円のスパチャを送る。

相手は、身代キントというVTuberだ。
デビューは一昨年の10月。現在のチャンネル登録者数は約3,900人。デビュー日から配信を欠かさず、やむを得ない配信休止日には切り抜き動画やShorts動画を投稿している。その背景を知った上で改めて登録者数に目をやると、この数は2年間の継続が力となった、とも言える。
配信内容は、雑談か歌ってみた、のみ。その点から考察すると、配信者の能力として突出した何か、知名度を上げられる決定力が乏しい、とも言える。


俺は身代キントの配信を見たことがない。切り抜き動画も、Shortsも見たことがない。存在を知ったのは、刈瀬イサのコラボ配信からだ。

毒舌VTuberとして有名な刈瀬は先月、身代、他3人とコラボ配信を行った。内容は、「VTuberという職業の裏側や、各々のパーソナルな部分を発表し合う」という刈瀬らしい企画だった。
俺はここで身代のファンになった……なんてことはない。先述したとおり、俺はまだ身代のチャンネルに足を踏み入れたことがない。当のコラボ配信でも、身代は特に目立つことがなかった。

では俺がなぜ身代に5万円のスパチャを送ろうとしているのか。それは刈瀬イサへの当てつけに他ならない。
もともと俺は、刈瀬イサのファンだった。3年前から存在を知ってはいたが、チャンネル登録をし、配信を追うようになったのは約1年前のことだ。
友達も彼女もいない俺にとって、刈瀬の配信が唯一の憩いだった。
スパチャを送れないことに罪悪感を感じるほどに。


3年後にはロボットが執り行えるような業務のみで稼げる金に余裕はない。社会から見たら脳のある家畜同然の生活を強いられている俺だったが、そんなクソ企業にも賞与があると聞いた時は心が跳ねた。たったの5万円と知った瞬間は怒号を発しそうになった。でも、元々貰えると思っていなかった5万円が、貰える。これはやはり喜ばしい出来事だった。俺は刈瀬イサのことだけを考えていた。


その日は雑談配信だった。
俺はこういった文章と共に、刈瀬に5万円のスパチャを送った。

いつも配信見てます。つまらない生活ですが、刈瀬さんの配信に助けられています。これからも頑張ってください。応援しています。

少し湿った手。親指が送信という文字をタップする。
すると、コメント欄に真っ赤な四角が流れていった。四角の内側でさっきの文字が白く光っている。
刈瀬も、すぐにそれに気づいた。
そしてこう言ったのだ。

「うわあ、5万円。え、やば!ユトリさん、ありがとうございます!『いつも配信みてます。つまらない生活ですが、刈瀬さんの配信に助けられています。』いやいや、私の配信見て助けられてるは言い過ぎ…。あ、黒酢さん来てるじゃん!そういえばさ、黒酢さんに聞きたいことあったんだけどさ…………」


当時は、怒りより悲しみの方が強かった。次の日になると悲しみもなく、一日中自分を責めていた。
相手はあくまで配信者。それに、配信は握手会とは違い、一対一の空間ではない。どんなに高額なチップを差し出しても。分かっていたことだ。それに、俺はこっちを見てほしくて5万円を払ったわけじゃない。日頃の感謝を、やっと献上できた。それが当初の目的だったはずだ。
不満なんて何もないはずだ。
なのに。どうして。こんなに。

これが約半年前の話だ。
俺はあの時の感情に「怒り」という名をつけた。

賞与は半年に一度貰える。今度は、6万円。
スパチャは最大5万円。1万円のお釣りだ。
俺は身代キントのチャンネルを開く。配信中と書かれたサムネイルをタップする。

同時視聴者数は100人程度。ゆっくりと流れるコメント欄の文字を見ず、身代キントの姿にピントを合わせもしない。「コメントを入力」を即座にタップし、$マークをタップする。空欄に「¥50,000-」と入力し、送信を押す。「文章が空欄です。本当に送信しますか?」と表示されたが、躊躇うことなく「はい」をタップする。
半年前より真っ赤に染まった四角がコメント欄に現れる。
配信画面を閉じる直前、身代キントが「うぇぁっ!!?」という音を発した。


眠りにつく前に、あの声がもう一度再生された。

「うぇぁっ!!?」

気がつけば、俺は半年後、誰に5万円を投げ捨ててやろうか、と考えていた。




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