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審査履歴と引例組合せの動機付け

米国に限ったことではありませんが、特許出願が審査を経て登録になるまでの過程(審査履歴)が特許の権利範囲に影響を与える、ということは間々あります。
典型的な例としては、審査の段階において自己の発明の有する特徴や効果などを主張した場合は、その特徴や効果を有しない発明に対して特許の効力が及ばないとする、いわゆる禁反言(estoppel)が挙げられると思います。

今日ご紹介する判例は、上記のような典型例とは毛色が異なり、審査履歴が引例の組合せに対する動機付けを与えることがあるケースになります。

Elekta Ltd. v. Zap Surgical Systems, Inc., (CAFC 2023-09-21)
(事件名をクリックしていただくと判決文に飛ぶことができます)

【背景】
本事件は、Zap Surgical Systems社が、Elekta社の保有する米国特許7,295648号(以下、本件特許)の無効を訴えた事件となります。

本件特許は「患者を放射線治療するための装置(A device for treating a patient with ionising radiation)」に関し、無効審判手続(IPR)において、本件特許に係る発明は2つの引例に基づき自明であるとして特許を無効と判断、今回、CAFCでその判断が肯定されました。

【争点】
・2つの引例の技術分野が異なる場合、2つの引例を組合わせる動機付けが認められるか
・引例を組合わせる動機付けは、審査履歴によって肯定されることがあるか

【事実と分析】
今回特に問題となった2つの引例の概要は以下の通りです。
主引例Grady:回転支持リングに接続されたアームにX線管が取り付けられたX線撮像装置
副引例Ruchala:線形加速器を放射線源として用いた放射線治療装置

無効審判において特許権者Elektaは、主引例Gradyのような撮像装置とRuchalaのような治療装置とでは、組合わせの動機付けがないとして特許の有効性を主張しました。

これに対して審判部(及びCAFC)は、本件審査履歴によって両者を組み合わせる動機付けが肯定できると判断しました。
主な根拠となった具体的な審査履歴は以下の2点です。

①Elekta社が情報開示陳述書(Information Disclosure Statement: IDS)として、GradyのようなX線撮像装置に関する文献を提出していた。
②審査官がX線撮像装置に関する文献(無効理由とされたGradyとは別の文献)を用いて拒絶理由を発した際、Elekta社は技術分野が異なるという主旨の反論をしなかった。

言い換えれば、上記審査履歴から、Elekta社はX線撮像装置も本願の放射線治療装置と関連する技術だと黙認していると判断できるから、本件無効審判手続におけるElekta社の主張は認められない、という判断といえそうです。

【まとめ】
文献の組合せが妥当かどうか(組合せることへの動機付けがあるか)は審査官に立証責任があり、多くは技術分野に関連性があるから、という理由で動機付けが肯定されているかと思います。
ただし、今回の事件では(仮に技術分野が一見異なるような文献同士であっても、)出願人自身の行為によって審査官にその動機付けの根拠を与えてしまうことがあると示されています。したがって、審査段階での意見書による主張はもちろん、IDSという手続においてもより注意が必要になりそうです。

一方、IDSは米国の特許制度において少々厄介な手続であり、出願人自身は関係ない文献だと信じていても、他国の拒絶理由において引用された場合は米国特許庁にIDSという形で通知する必要があります。
そのような場合に、今回のような「動機付けの自認」を避けるには、IDSとして文献を提出する際、機械的に提出するだけでなく、例えば「本行為は、提出する文献が本願発明と同一・類似の技術分野に属するものであるということを出願人が自認するものではない」といった主張を添えておくことが有効かと思われます。

また、審査官が技術的関連性のない、あるいは技術的関連性の微妙な文献を引用してきたときは、何か具体的な理由を付けて技術分野が異なる、という主張を積極的に意見書に入れておく、という対応も効果があるかも知れません。何も応答をしないと、「沈黙」=「自認」とみなされるおそれがありそうです。

加えて、本件の判決文では明記されていないようですが、許可通知が出た際の通知書の記載内容によっては反論することも必要になると思われます。
例えば、許可通知において審査官が、『文献Aは本願と(or 文献Bと)関連する技術であるが、△△△を開示しないため特許性を認める』といったコメントをしている場合には、(許可通知はありがたく受け取るが)当該コメントに同意しているわけではない、といった主張を返しておくことが必要になるかも知れません。



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