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発明の非自明性と商業的成功

日本では発明の特許要件の一つに進歩性という要件があり、公知な発明に対する進歩があることが求められます(特許法第29条2項))。

似たような要件として、米国では非自明性(non-obviousness)という概念があり、公知な発明から自明なものではないことが求められます(米国特許法第103条)。

国によって法律は異なるため、この「進歩性」と「非自明性」との間には細かい部分で違いがありますが、似ている部分も数多くあります。
そのうちの一つが、商業的成功Commercial Success)という考え方であり、特許出願に係る発明によって商業的な成功を収めたのであれば、その発明には「進歩性/非自明性」があるだろうという推測が働く、というものになります。

従来技術と同じものであれば商業的な成功を得ることは難しいはずであり、従来技術とは異なる優れた何かがあるから成功したのだろう、という考えです。もちろん、商業的成功は技術が優れている、という要素だけで決まるものではなく、実際は価格だったり広報活動の有無やその内容等にも左右されるため、商業的成功があるというだけで「進歩性/非自明性」の要件が満たされるわけではありませんが、成功の証拠がある場合は考慮要素の一つとして考慮されることとなります。

【参考】
 特許法審査基準第III部 第2章 第2節 進歩性 3.3(6)
 米国審査基準(MPEP)第2141章(V)

さて、前置きがとても長くなりましたが、提出された商業的成功(Commercial Success)に関する証拠をどのように取り扱うか、という点について示したCAFC判決が最近ありましたので簡単にご紹介したいと思います。

Incept LLC. v. Palette Life Sciences, Inc. No. 2021-2063, -2065 (CAFC August 16, 2023).

こちらの事件は、Palette社がIncept社が保有していた特許 No. 8,257,723、7,744,913の無効を訴えた事件となります。無効理由としては、先行技術(Wallace et al. U.S. Patent No. 6,624,245)により、本件特許の一部が新規性欠如、残りが非自明性欠如、というものとなります。
なお、上記した「商業的成功」が考慮されるのは非自明性要件のみとなるため、ここでは新規性の話は省略します。また、本事件では他にも複数の論点があるのですが、長くなるので他の論点は全て割愛させていただきます。ご了承ください。

Incept社の訴えは、商業的成功に関する証拠を提出したにもかかわらず、審判部が当該証拠を適切に考慮しなかったのは違法だ、というものでですが、CAFCはInceptの訴えを棄却します。

本件のポイントは、どのような証拠が提出されたのか、という点に尽きると思います。

一般的に、商業的成功とは「当該市場における大幅な売上」を意味するとされているところ(J.T. Eaton & Co. v. Atl. Paste & Glue Co., F.3d 1563, 1571 (Fed. Cir. 1997)事件)、Incept社は、本件特許に関連する製品の出荷数が前年比で約2倍になったことを示す証拠を提出しています。このため、一見すると証拠として適切なもののように思われますが、審判部及び裁判所は、当該証拠に含まれている数字に無料配布されたサンプル品や、交換品(おそらく、不良品との交換)の数が含まれており、かつ、実際に市場で売られた数とサンプル品等との区別がされていなかった点を重視し、商業的成功を示す証拠として不十分と判断しました。純粋な販売数が明確に示されていないため、証拠として信頼性に欠けるという判断といってよいかと思います。

Incept社は、サンプルや交換品の数は少なかった、という証言をしていますが、客観的な数字が示されていない以上、証拠として採用できない、と結論付けられたようです。

当たり前といえば当たり前のような結論かも知れませんが、証拠を出す際には、当該証拠が適切かどうか(証拠力が十分か)、客観的に精査する必要があることを改めて示す判決かと思います。
簡単に用意できるデータであればともかく、用意するのに手間と時間がかかるデータの場合、ついついその手間を省きたくなると思います。しかし、今回のような不備があると、商業的成功の事実はあったのに考慮してもらえなかった(そもそも俎上にあげてもらえなかった)、という勿体ない結果に繋がることもありますので、気を付けて頂ければと思います。

判決文はこちら

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