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米国特許七不思議SEVEN WONDERS OF US PATENT PROSECUTION

こちらの記事は、パテントサロンさんのクリスマス恒例企画、知財系もっと Advent Calendar 2023用の投稿記事となります。知財系Advent Calendar 2023も合わせてお楽しみください。

はじめに

本日は、米国で権利化を経験されたことのある方であれば感じたことであろう米国特許審査あるあるから、Why American people!? と言いたくなる(かも知れない)点を七不思議としてまとめてみたいと思います(↑はい、厚切りさんのパクリです。知財人としてあるまじき行為です。w)。
 
ネタが7つもあるので細かい説明は結構省いたつもりですが、書いてみたらかなり長くなってしまいました💦


1.BRI

BRIについては、以前もnoteや弁理士会の会員誌パテントでも記事を書かせていただいております。

アメリカの審査官に許されたクレームの解釈基準で、クレームの文言や明細書の記載をそのまま解釈するのではなく、そこからスタートして合理的な範囲を出ない限り最大限広く解釈した上で特許性を判断する、というものになりますが、実にわかり難いですよね。

Broadest Reasonable Interpretation(最も合理的な解釈)ってどこまで許されるのよ?と思った方は多いと思います。

「合理的」という主観的要素が入っている時点で基準はあってないようなもののような気もしますが、今回は七不思議ということで、なぜBRIを適用するのか、という点を考えてみたいと思います。

答えは簡単、自由の国だから。

というのはもちろん冗談ですが、米国の過去の判例(In re American Academy of Science Technology Center事件)では以下のように説明されています。

“Construing claims broadly during prosecution is not unfair to Appellant because Appellant has the opportunity to amend the claims to obtain more precise claim coverage. In re Am. Acad. of Sci. Tech Ctr., 367 F .3d at 1364.” 

なるほど、謎は解けた。

とはいかないと思いますが、確かに、特許権者は自己の権利範囲は可能な限り広く読もうとするものなので、審査官も同じ目線で審査するのがフェアだし、その方が将来的な紛争の回避にも貢献できる、とする考え方は一理あるように感じます。

2.機能的クレーム表現 – Means-Plus-Function Claims

クレーム解釈といえば、米国ではもう一つ特徴的なクレーム解釈がされるのがミーンズプラスファンクションクレーム、いわゆるMPFクレームです。
MPFクレームの解釈方法は米国特許法112条(f)項で規定されており、概ね以下のように規定されています。
 
「特定の機能を実行する手段や工程によってクレームの構成要素を記載する場合、その機能を実現する構造、材料、又は作用が特定されていなければ、当該クレームは、明細書中における対応する構造、材料、又は作用とその均等物を含むものとして取り扱う。」(原文はこちらhttps://www.law.cornell.edu/uscode/text/35/112
 
表面的には、クレームの構成要素を機能的表現のみで規定することを認める規定ともいえます。ただし、112条(f)項では、「明細書中における・・・構造・・・を含むものとして取り扱う」という規定が重要であり、この規定から、MPFクレームの権利範囲は明細書に直接記載されている構造等(とその均等物)に限定して解釈されることになります。
また、「対応する構造等」が明細書中に記載がなければ(即ち、明細書中でも機能的な表現のみで構成要素が説明されており、具体的な例などがない場合)、MPFクレームは不明瞭な記載に当たるとして112条(b)項の拒絶・無効理由となります。明細書中に対応する構造等がないとして112条(a)項の記述要件違反を問われることもあります。
そして、MPFクレームと認定されると、対応する構造等が当業者にとって自明なものであっても、明細書に記載がなければ上記不備を解消できないとされており、一般的な記載不備や記述要件違反よりも判断基準が厳しいといわれています。
 
米国特許法に112条(f)項が存在すること自体は、機能的限定もクレームの表現として有効であることを明らかにしている、という点で有用かと思います。一方で、機能的表現はどうしても権利範囲がはっきりしないことが多いため、権利範囲が過度に大きく解釈されないように、という意図で「明細書中の構造等に限定する」という規定に落ち着いたのかと思います。
このこと自体はそれほどおかしなことではないと思うのですが、どの程度の記載があれば「明細書中の構造等」といえるのか、という点については様々な裁判例の積み重ねによって、先に述べたように、出願人・権利者には厳しめの判断がされている、というのが実情でしょうか。
 
なお、MPFクレームを巡っては、毎年何らかのCAFC判決が出ていますので、このnoteでもそのうち紹介できるかと思います。

3.IDS

こちらもBRIと同じくらい、いやもしかするとBRI以上かも知れませんが、日本の出願人を悩ませる制度ではないかと思います。
日本だと「情報開示陳述書」などと訳出されていると思いますが、自分の出願に関連する発明を知っていたら、正直に全部出せ、といった制度です。
過去の発明に対する新規性と非自明性(日本でいう進歩性のイメージ)を特許要件とすることを考えると当たり前の要求のようにも思えますが、日本をはじめとする他国ではいわゆる努力義務的な規定なのに対し、アメリカではこれに違反すると権利行使ができなくなるリスクがあるため、IDS違反には注意が必要といえます。
他国の審査履歴なんて、出願人に聞かなくても特許庁間でデータをやり取りするGlobal Dossierシステムがあるのだから、出願人の負担になるようなことは止めてくれ、と日本弁理士会や他国の知財団体もずっとUSPTOに対してリクエストしているようですが、今のところIDSを止めようという動きは聞いていません。
 
IDSを要求すること自体は他国でも努力義務としてですが導入している制度なのでそれほど不思議でもないですが、違反したときのペナルティ(リスク)が米国だけ突出して大きいのは米国特許の不思議の一ついえるかもしれません
 
この点に関しては、私の推測になりますが、IDS違反で権利行使が制限された過去の事例をみると、裁判所は決して手続のミスを責めているわけではなく、審査官を“騙して”権利を得たんだ、という点を強調していますので、詐欺師に権利は与えない、という判断であり、そういわれてしまうと仕方ないのかな、とも思えます。審査官がしっかり過去の文献検索をしないから悪いんだ、という審査官の怠慢を責めることも考えられますが、あくまでも出願人が「知っている」情報があれば出せ、というだけなので、負担を考えると、審査官に全ての文献を漏れなくサーチすることを強いるよりは合理的な考え方かも知れません。
なお、上記のとおり裁判例では“詐欺だ”というロジックで判断されているので、違反になる要件にも「騙す意図があったこと」が盛り込まれています。したがって、IDSを提出し忘れたら何でもかんでも権利行使が制限されるわけではないのでご安心ください(とはいえ、紛争になると相手側は必ずといって良いほどチェックしてきますので、しっかりと対応しておくことが重要だと思います)。

4.用途限定

下記のCAFC判決でも示されている通り、米国の特許では、通常、“発明の用途”は権利範囲を限定する要素としては考慮されません。

"[ a ]n intended use or purpose usually will not limit the scope of the claim because such statements usually do no more than define a context in which the invention operates." Boehringer Ingelheim Vetmedica, Inc. v. Schering-Plough Corp., 320 F.3d 1339, 1345 (Fed. Cir. 2003).

上記判決では、用途限定が有効でない理由を、「用途は発明が実行する内容を定義しているに過ぎないから」と説明しています。
分かったような分からないような説明ですが、発明そのものや発明の機能を定義(限定)しているのではなく、その機能の内容を定義しているに過ぎない、というロジックと読めます。風が吹いたら桶屋が儲かる、ではないですが、発明の定義(限定)として遠い、という感じでしょうか。

したがって、例えば、ある先行技術を回避するために“〇〇用の”制御装置と補正をしても、おそらく拒絶理由は解消されないと思います。

ただし、化学物質などに関して、旧知の物質の“全く新しい使い方”は特許になる可能性があります。この点は日本と同じかと思います。

5.特許適格性(米国特許法101条)

米国の特許制度の特殊性を語る上で外せないのが101条、特許適格性の判断ではないでしょうか。

日本でも特許適格性(発明適格性)は特許要件として特許法29条1項柱書に規定がありますが、自然現象や物理法則そのもののように、独占排他権を認める特許制度に明らかになじまないものを排除する規定であり、通常、問題となるようなことはありません。
ところが、米国では(特に)コンピュータ関連発明に対する特許適格性の判断がかなり特殊になっています。
大前提としてあるのは、ヒトの活動は特許にならない、という点であり、この考え方自体は合理的かと思います。ただ、この考え方が少々極端であり、最高裁判所の見解によれば、最も合理的な解釈(BRI)の下では、CPUやprocessorなど汎用的なコンピュータ装置による処理は、ヒトの脳による処理も含み得るとしています。そのため、「Processorがデータを分析・演算等する」という構成要素は、ヒトの脳内で行い得る処理が含まれ、「Displayに分析・演算結果を表示する」といった構成要素は、ヒトが紙とペンをつかって行い得る行為を含んでいると判断されることがあります。
このため、101条の拒絶・無効理由を回避・解消する案としては、ヒトだけでは行うことのできない行為(実用的用途:practical application)、例えば、分析結果に基づいて機械を操作する等をクレームに規定することが考えられます。理屈としては他にも対応策はあるのですが、おそらく現状ではこの対応案が一番手堅いのかなと感じます(審査官と面談しても、この対応を勧められることが殆どです)。
ただ、シミュレーションに関する発明のように、「分析結果を得ること」が大事なのであって分析結果をどう使うかは発明のポイントでない(分析結果の活用方法が多数ある)場合は、明細書で言及していないことも多く、補正ができない、ということも見かけます。日本とは特許適格性の考え方が大きく異なるため日本の実務的には問題がないのですが、米国で審査を受けるとそんな落とし穴に捕まることがあります。
 
なお、101条該当性の判断要素として、従来技術に比べた技術的効果があるか、という点があり、この点も結構議論を呼んでいるようです。というのも、「技術的効果がある」というのは、102条の新規性や103条の非自明性(進歩性)の話であって、そもそも101条の特許適格性において求めるのはおかしい、という議論です。
何より混乱を生むのが、102条、103条の拒絶理由はないけど101条違反が適用される、という点で、先行技術に対する非自明性が認められるのであれば技術的効果があるに決まっているじゃないか、という話も良く聞きます。
この点は、私も完全に理解できているわけではないですが、新規性や非自明性は、理屈上、先行技術に開示されていないプラスアルファの構成要素が含まれていれば認められることとなっており、必ずしもプラスアルファの構成要素に技術的効果があるか否かは問われないこと、101条でいう技術的効果は、特定の引例との対比は問題ではなく、大雑把にいえば、世の中の役に立つ有用な発明でなければ保護する意味がない、という考えから示されている判断要素のため、残念ながら「新規性・進歩性がある=101条の拒絶理由はない」とはいえないとされています。
 
なお、現行の101条の運用はおかしい、という意見は多く、私もそう思っていますし、米国の審査官の中にも同様の意見を持っている方は相当数います。ただ、判例があり審査基準がそうなっている以上、おかしいと思ってはいても拒絶しなければいけないんだ、と言われますね。

6.拡大先願?準公知?(米国特許法102条(a)(2))

既に息切れ気味ですが、何とかあと2つ続けたいと思います。
 
日本の特許法29条の2は拡大先願、あるいは準公知と呼ばれ、自己の出願日の時点では世の中に公表されていなかったものであっても、自己の出願日よりも先に出願され、その後公開された発明については、特許を受けられないとされています。まぁ、特許は早いもの勝ちなので、相手の方が出願日が早いなら仕方ないかな、という感じでしょうか。
 
さて、日本の29条の2の場合、本規定で拒絶されてしまうのは、あくまでも「その後公開された発明」と同一の発明に限定されます。誤解を恐れずいえば、「その後公開された発明」に対して新規性さえあれば、進歩性はなくてもよいため、他の引例と組み合わせて本願発明と比較されるようなことはありません。
 
これに対し、同様の規定を定める米国の102条(a)(2)項の場合、「その後公開された発明」は非自明性判断のための引例にもなります。したがって、その他の引例と組み合わせて本願発明と対比することも可能であり、日本に比べて拒絶される可能性が高くなります。
 
似たような制度なのになぜ違うのかが気になりますが、個人的見解としては、日本は“拡大先願”としての考え方が優先されているのに対し、米国は“準公知”としての考え方優先されているのではないかなと思っています。
日本では拡大“先願”なので、後願排除項として認められるのは先願と同じ発明のみ(先願について定める特許法39条の通り)であるのに対し、米国では“準公知”なので、他の引例同様、公知文献として取り扱う、ということではないかなと思っています。

7.RCE

RCE(Request for Continued Examination)は、最後の拒絶理由通知(Final Office Action)を受けた後に、審査の継続を求めるための手続であり、審査をNon-finalの状態に戻す手続といえます。
Finalを受けた後でも、何度も繰り返し審査を継続できるので便利ではあるのですが、その反面申請費用が高額であり、あまり気軽に利用できる制度でもないかと思います(2023年12月23日現在、初回のRCEは$1,360、2回目以降が$2,000)。

ちなみに、このRCE申請費用、2025年1月から値上がりが予定されており、初回のRCEが$1,500、2回目が$2,500、3回目以降が$3,600とする案が出されています。

FinalだったはずなのにNon-finalに戻せるの?という、よくわからないルールですが、RCEはUSPTOの重要な収入源であると言われています。
結局お金ですか、と言いたくもなりますが、RCEを高額に設定しているのには、大きく2つの理由があるようです。1つ目は、同じ出願を継続して審査する審査官に対するインセンティブとしてクレジットを与えられる点(まぁ、収入源ということでしょうか)。もう一つは、出願がいつまでも係属(Pending)状態で残るのはよくないためRCEを気軽に使わせない、という抑止力としての観点。2つ目の点は、2回目以降のRCE費用が1回目よりも高く設定されている点にも表れているかと思います。
 
RCEなんてない方が良い(代替の制度を考えるべき)という声もあるようです。いつまでもダラダラと審査を続けられるというのはいかがなものか、という点や、一昔前に流行った(?)、サブマリン特許のように、敢えて出願をいつまでも係属状態としておき、競合相手の実施状態に応じてクレームを補正して相手を牽制・攻撃する、という制度の悪用が心配といったところでしょうか。
ただ、費用もそれないにかかるので、出願人が本気で権利化を望んでおり、その可能性があると信じている案件でなければRCEを何度も繰り返すパターンというのはないと思いますし、サブマリン特許の懸念は、むしろ継続出願制度の方にいえる指摘かなと思います。特に2回目以降のRCEをするなら継続出願の方が割安になることもあるので、サブありン目的でRCEを使うパターンというのはあまりないように思えます。

最後に

前々からやってみたいなと思いつつ放置していた投稿ネタなのですが、思っていたよりかなりの大作になってしまいました💦(これでも、具体例を省いているので全然説明が足りないと感じていますが・・・)。

ここでご説明したネタ以外にも米国特有の制度はいろいろとあるのですが、「七不思議」というタイトルですので、今日はこの程度でお開きにしたいと思います。
あの制度が七不思議に入っていないのはおかしいだろう、というお声もあると思いますが、私の独断と偏見により選んだネタですのでどうかご容赦ください。

パテントサロンさんのクリスマス恒例企画に乗っかった、クリスマス要素のないネタでしたが、米国特許出願のご経験がない方、現在勉強中の方への知識(雑学?)のプレゼントと思っていただければ幸いです。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
Merry X’mas!!


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