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まほうがとけるまで #6

19時00分 アサヒ・ピアース

◆みそら地区/レプカショッピングモール/ナレーション:友安ジロー

『お客様にお知らせします。ただいま、店内清掃人形の不具合でご迷惑をおかけしております。当店を出られる際は警備が誘導しております。小さなお子様などにどうか注意し、慌てずにお帰りいただきますよう、お願い申し上げます』

「ご迷惑じゃないよ、もう」
 店内アナウンスにぼやきながらショッピングカートを押すのはアサヒ・ピアース【31歳/男性/塾講師】。ここで働くパートナーと、シフト終わりの20時に落ち合う予定でウィンドウショッピングに興じていた。
 カートにはフェイク植物店で衝動買いした寄せ植えの鉢が三個。小さな買い物でもカートに入れるのは、アサヒの癖だ。
「ダメか……」
 最初のアナウンスが流れてからパートナーの遊飛へ連絡を取り続けていたが、仕事中の遊飛には繋がらないようだ。合間に職場の学習塾から安否確認の鳩【鳩:電子メッセージ全般を指す】が来たので返事をする。
 しかし待っている連絡はなく、握りこぶしで額を軽く叩きながら携帯端末を見ていると、突然音もなく電気が消えた。バックヤードでサンドリヨンの一体が空調設備のケーブルを巻き込んで漏電させたのだ。
 閉鎖空間で明かりが落ちれば、訪れるのは各自が持つ携帯端末のブルーライトだけが頼りの世界。照り返しで青白く光るゴーストじみた人の顔がぼんやりと浮かんだ。
「停電?」
 ゴースト達の流れを離れ、アサヒは努めて冷静さを保とうとしているようだった。少しして、光源を積んだ自動ドローンが大量に現れ、七つある出口への誘導灯になった。
 アサヒのいたアトリウムは、だんだんと緊張と混乱の度数が上がっている。
 怖がる子どもの泣き声、出口へ走り出す客、その客が押しのけた相手と、転んだ転ばないで喧嘩が始まり、尖った雰囲気が空気感染する。エラーで制御が効かなくなるのは人も人形も変わらない。
 目の前で出口へ流れる人波が、一人の女児を吐き出した。
 アサヒが仕事で接する9年校の5、6年児童より少し年下だろうか。しゃくり上げながらアトリウムを横断し、上階に向かおうとしている。
「迷子か」
 その子供を目で追っていると、大きな荷物や食品を乗せたカートが子どもへ足早に近づいていた。子どもも、カートを押す女性も、双方気が付いていない。
「まずい」
 アサヒの体が動いた。間一髪で子どもを抱きとめる。
「い……っつ」子どもは抱きとめたが、アサヒの背中に強くカートが当たった。
「いやだ! ごめんなさい!」
 カートを押していた女性がアサヒに詫びる。
「あの……子どもがいたので。気を付けて」
「すみません!」
 振り返って頭を下げながら、女性は出口へ向かう人波に飲まれていった。口を結んでその後ろ姿を見送ったアサヒは、切り替えるように呼吸し、子どもと目を合わせるよう屈みこんだ。
「どこも痛くない?」
 呆けたように頷いた子どもに、アサヒは首の後ろを掻いた。
「あー、そうだよね。びっくりしたよね。ごめんね」ゆっくり子どもへ話しかける。「僕は、アサヒ・ピアースって言います。よろしく。お名前言えますか?」
 鼻を鳴らしながら、子どもは答えた。
「黒椿(くろつばき)夢々(むむ)」
「むむさん。今日はおうちの人と一緒かな?」
「ママと」
「そう。ママと一緒。ママのお名前とか連絡先、分かるかな」
「ママは黒椿ササメです。アドレスわかんないです。かばん、落として」
 夢々は鞄のくだりで声に嗚咽が混ざり始め、再び泣き出した。
「大丈夫。大丈夫だよ。ひとりで頑張ったね。鞄に、端末が入ってたの?」
 夢々は頷いた。
「わかった。とりあえず、場所変えようか」
 アサヒは夢々を抱き上げ、自分のカートに乗せた。ひとまずアトリウムの隅に並んだ大きめのスツールに腰を落ち着ける。
 切れ切れに聞いた夢々の話では、子供向けの屋内遊園地で遊びたいと言い出した夢々を遊園地に預け、ママは買い物を済ませることにした。その後この騒ぎ。
「ママに会いたいの」
 その一心のようだ。
「そうだよなあ」
 アサヒは近くのサービスカウンターを見やった。コンシェルジュAIが対応するモニタが沈黙し、人間の案内係は泣きそうな顔で全方位から寄せられる“お客様の声”に対応していた。アサヒは目を逸らした。
 深呼吸し、額に手を当てる。伏せた眼球をせわしなく動かす。
「よし」
 そして、着ていたニットの裾で夢々の涙を拭き取った。
「分かった。一緒にママ探そう。きっと、ママもむむちゃんを心配してる」
「うん。あの、ありがとう。おじさん」
 微妙な表情で、アサヒは咳払いした。
「えー、お兄ちゃんのパートナーがここで働いてるから、お店まで行って助けてもらおう。むむちゃん写真撮っていいかな」
「いいよ」
 しゃくり上げながら、夢々は律儀に両手を頬にあて、ポーズをとった。
 アサヒは思わず相好を崩し、携帯端末のカメラシャッターを押した。その写真を添付した短い鳩をパートナーへ送信する。
『何度もごめん。ピックアップした迷子のムムちゃんと店に行くから、これ見たら合流して』
「これでよし。とりあえず、また乗って貰っていい? 危ないし」
「はい」

 カートに迷子の7歳女児を乗せた成人男性による、迷子の母親探しが始まった。

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